牧民忠告 / 救荒
天所畀人於富與貴者,非欲其自裕,蓋將使推所有以濟人之不及也。饑者食之,寒者衣之,斯不負天畀之富矣;直者舉之,枉者錯之,斯不負天畀之貴矣。然富貴而能若是者,其惠在人,而善則在己,名為惠人,實自惠也。故古人之有民社者,或不幸而值凶荒夭紮之變,視其輕重,必有術以處之。或私帑之分,或公廩之發,或紮之工役,或假以山澤,或已負蠲徵募糴勸糶,或聽民收其遺稚,或命醫療其疹疾,凡可以拯其生者,靡微不至。蓋古人視民如子,天下末有子在難而父母坐視不救之理也。嗚呼,凡牧民者,其以古之人為法。庶元彼我之間哉。
新字:天所畀人於富与貴者,非欲其自裕,蓋将使推所有以済人之不及也。饑者食之,寒者衣之,斯不負天畀之富矣;直者舉之,枉者錯之,斯不負天畀之貴矣。然富貴而能若是者,其恵在人,而善則在己,名為恵人,実自恵也。故古人之有民社者,或不幸而值凶荒夭紮之変,視其軽重,必有術以処之。或私帑之分,或公廩之発,或紮之工役,或仮以山沢,或已負蠲徴募糴勧糶,或聴民収其遺稚,或命医療其疹疾,凡可以拯其生者,靡微不至。蓋古人視民如子,天下末有子在難而父母坐視不救之理也。嗚呼,凡牧民者,其以古之人為法。庶元彼我之間哉。
書き下し
天の人に富と貴とを畀(あた)うる所以の者は、其の自ら裕(ゆたか)ならんと欲するに非ず、蓋し将に有る所を推して以て人の及ばざるを済(すく)わしめんとするなり。饑うる者は之に食わしめ、寒ゆる者は之に衣せしむ、斯れ天の畀うる富に負かざるなり。直き者は之を挙げ、枉(ま)がれる者は之を錯(お)く、斯れ天の畀うる貴に負かざるなり。然れども富貴にして能く是くの若くなる者は、其の恵みは人に在れども、善は則ち己に在り、名づけて人を恵むと為すも、実は自ら恵むなり。故に古人の民社(みんしゃ)を有する者は、或いは不幸にして凶荒夭紮(きょうこうようさつ)の変に値えば、其の軽重を視て、必ず術ありて以て之に処す。或いは私帑(したく)を分ち、或いは公廩(こうりん)を発し、或いは工役を興し、或いは山沢を仮すを以てし、或いは已(すで)に負を蠲(ゆる)し徴を蠲して糴(てき)を募り糶(ちょう)を勧め、或いは民をして其の遺穉(いち)を収めしめ、或いは医をして其の疹疾を療せしむ、凡そ以て其の生を拯(すく)う可き者は、微も至らざる靡(な)し。蓋し古人は民を視ること子の如し、天下未だ子難に在りて父母坐視して救わざるの理あらざるなり。嗚呼、凡そ民を牧する者は、其れ古の人を以て法と為すべし。庶(ねが)わくは彼我の間を元(もと)にせんことをや。
現代語訳
天が人に富と身分の高さを授けるのは、その人自身を豊かにさせるためではなく、持っているものを推し及ぼして、人が及ばないところを救わせるためである。飢えた者には食べさせ、寒がる者には着せる、それでこそ天が授けた富に背かない。正しい者を取り立て、曲がった者は退ける、それでこそ天が授けた身分の高さに背かない。しかし富と身分がありながらこれをよくなし得る者は、その恵みは他人に及ぶが、善行そのものは自分自身に帰する。名目上は他人を恵んでいるようで、実際は自分自身を益しているのである。だから昔、民を治めた人は、不幸にも凶作や疫病による死者が出る変事に遭えば、事の軽重を見極め、必ず対処の方策を講じた。あるいは私財を分け与え、あるいは公の蔵を開き、あるいは公共の労役を興し、あるいは山や沢の利用を許し、あるいは既に借財を免じ租税を蠲除して穀物の買い付けを募り売却を勧め、あるいは民に見捨てられた幼子を引き取らせ、あるいは医者に疫病を治療させた。人々の命を救うためにできることは、どんな些細なことも尽くさぬことはなかった。昔の人は民を自分の子のように見ていたので、天下に、子が難儀しているのに親が座視して救わない道理はないのである。ああ、およそ民を治める者は、昔の人を手本とすべきである。願わくは、彼と我とのへだたりがなくなることを。