帝範 / 後序
吾在位以来,所制多矣。竒麗服翫,錦繡珠玉,不絶於前,此非防欲也;雕楹刻桷,髙臺深池,每興其役,此非儉志也;犬馬鷹鶻,無逺必致,此非節心也;數有行幸,以亟勞人,此非屈己也。斯事者,吾之深過,勿以兹為是而後法焉。但我濟育蒼生其益多,平定寰宇其功大,益多損少,人不怨;功大過微,徳未虧。然猶之盡美之蹤,於焉多媿;盡善之道,顧此懷慚。况汝無纎毫之功,直縁基而履慶?若崇善以廣徳,則業泰身安;若肆情以從非,則業傾身䘮。且成遲敗速者,國基也;失易得難者,天位也。可不惜哉?
新字:吾在位以来,所制多矣。奇麗服翫,錦繍珠玉,不絶於前,此非防欲也;雕楹刻桷,高台深池,毎興其役,此非倹志也;犬馬鷹鶻,無遠必致,此非節心也;数有行幸,以亟労人,此非屈己也。斯事者,吾之深過,勿以茲為是而後法焉。但我済育蒼生其益多,平定寰宇其功大,益多損少,人不怨;功大過微,徳未虧。然猶之尽美之蹤,於焉多愧;尽善之道,顧此懐慚。況汝無繊毫之功,直縁基而履慶?若崇善以広徳,則業泰身安;若肆情以従非,則業傾身喪。且成遅敗速者,国基也;失易得難者,天位也。可不惜哉?
書き下し
吾(われ)在位(ざいい)以来(いらい)、制(せい)する所(ところ)多(おほ)し。竒麗(きれい)の服翫(ふくがん)、錦繡(きんしゅう)珠玉(しゅぎょく)、前(まへ)に絶(た)えざるは、此(こ)れ欲(よく)を防(ふせ)ぐに非(あら)ざるなり。楹(はしら)を雕(ほ)り桷(たるき)を刻(きざ)み、髙臺(こうだい)深池(しんち)、每(つね)に其(そ)の役(えき)を興(おこ)すは、此(こ)れ儉(けん)の志(こころざし)に非(あら)ざるなり。犬馬(けんば)鷹鶻(ようこつ)、遠(とほ)しとして必(かなら)ず致(いた)さざる無(な)きは、此(こ)れ心(こころ)を節(せっ)するに非(あら)ざるなり。數(しばしば)行幸(ぎょうこう)有(あ)りて、以(も)って亟(しばしば)人(ひと)を勞(ろう)せしむるは、此(こ)れ己(おのれ)を屈(くっ)するに非(あら)ざるなり。斯(こ)の事(こと)は、吾(わ)が深(ふか)き過(あやま)ちなり。兹(これ)を以(も)って是(ぜ)と為(な)して後(のち)に法(のっと)る勿(なか)れ。但(た)だ我(われ)蒼生(そうせい)を濟育(せいいく)して其(そ)の益(えき)多(おほ)く、寰宇(かんう)を平定(へいてい)して其(そ)の功(こう)大(だい)なり。益(えき)多(おほ)く損(そん)少(すく)なければ、人(ひと)怨(うら)みず、功(こう)大(だい)にして過(あやま)ち微(かす)かなれば、徳(とく)未(いま)だ虧(か)けず。然(しか)れども猶(な)ほ之(これ)を盡美(じんび)の蹤(あと)に、焉(ここ)に於(お)いて媿(は)づること多(おほ)く、盡善(じんぜん)の道(みち)、此(これ)を顧(かへり)みて慚(は)を懷(いだ)く。况(いは)んや汝(なんぢ)は纎毫(せんごう)の功(こう)無(な)く、直(ただ)に基(もとゐ)に縁(よ)りて慶(けい)を履(ふ)むをや。若(も)し善(ぜん)を崇(たっと)びて以(も)って徳(とく)を廣(ひろ)むれば、則(すなは)ち業(ぎょう)泰(やす)く身(み)安(やす)く、若(も)し情(じょう)を肆(ほしいまま)にして以(も)って非(ひ)に從(したが)へば、則(すなは)ち業(ぎょう)傾(かたむ)き身(み)䘮(うしな)ふ。且(か)つ成(な)ること遲(おそ)く敗(やぶ)るること速(すみ)やかなる者(もの)は、國基(こっき)なり。失(うしな)ひ易(やす)く得(え)難(がた)き者(もの)は、天位(てんい)なり。惜(を)しまざる可(べ)けんや。
現代語訳
私は位に就いて以来、作ったものが多い。珍しく美しい衣服や玩具、錦の刺繍や珠玉が目の前から絶えなかった——これは欲を防いだとは言えない。柱に彫刻し垂木に刻みを入れ、高い台や深い池を、しばしば工事を起こして造った——これは倹しさの志とは言えない。犬や馬、鷹や隼を、どんなに遠くからでも必ず取り寄せた——これは心を節したとは言えない。たびたび行幸してしばしば人を疲れさせた——これは自分を屈したとは言えない。これらは私の深い過ちである。これを是として後に手本にしてはならない。ただ、私は民を救い育ててその益が多く、天下を平定してその功が大きい。益が多く損が少なければ人は怨まず、功が大きく過ちが微かなら徳は欠けない。それでもなお、美を尽くした跡と比べれば恥じるところが多く、善を尽くす道を顧みれば慚じる思いを抱く。まして、おまえには毛筋ほどの功もなく、ただ築かれた基礎に乗って慶びを踏んでいるだけではないか。もし善を尊んで徳を広めれば、事業は泰らかで身は安らかである。もし情をほしいままにして非に従えば、事業は傾き身を失う。そもそも、成るのが遅く敗れるのが速いもの、それが国の基礎である。失いやすく得がたいもの、それが天子の位である。惜しまずにおられようか。
解説
この章句が説くこと
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『帝範』序昔(むかし)隋(ずい)の季(すゑ)、版蕩(はんとう)して、海内(かいだい)分崩(ぶんぽう)す。先皇(せんこう)神武(しんぶ)の姿(すがた)を以(も)って、經綸(けいりん)の㑹(かい)に當(あた)り、靈蛇(れいだ)を斬(き)って王業(おうぎょう)を定(さだ)め、金鏡(きんきょう)を啟(ひら)いて天樞(てんすう)を握(にぎ)る。然(しか)れども由(な)ほ五嶽(ごがく)氣(き)を含(ふく)み、三光(さんこう)曜(ひかり)を戢(をさ)め、豺狼(さいろう)尚(な)ほ梗(ふさ)ぎ、風塵(ふうじん)未(いま)だ寧(やす)からず。朕(ちん)弱冠(じゃっかん)の年(とし)を以(も)って、慷慨(こうがい)の志(こころざし)を懷(いだ)き、大難(たいなん)を靖(しづ)め、以(も)って蒼生(そうせい)を濟(すく)はんと思(おも)ふ。躬(みづか)ら甲胄(かっちゅう)を擐(つらぬ)き、親(みづか)ら矢石(しせき)に當(あた)る。夕(ゆふ)べには魚鱗(ぎょりん)の陣(じん)に對(たい)し、朝(あした)には鶴翼(かくよく)の圍(かこ)みに臨(のぞ)み、敵(てき)は大(だい)にして摧(くだ)かざる無(な)く、兵(へい)は何(いづ)れの堅(かた)きか碎(くだ)かざらん。長鯨(ちょうげい)を剪(き)って四海(しかい)を清(きよ)め、欃槍(ざんそう)を掃(はら)って八紘(はっこう)を廓(ひろ)む。慶(けい)に乗(じょう)じて天潢(てんこう)たり、暉(ひかり)に登(のぼ)って璇極(せんきょく)たり。重光(ちょうこう)の永業(えいぎょう)を襲(つ)ぎ、大寳(たいほう)の隆基(りゅうき)を繼(つ)ぐ。戰戰兢兢(せんせんきょうきょう)として、深(ふか)きに臨(のぞ)んで朽(く)ちたるを御(ぎょ)するが若(ごと)く、日(ひ)に一日(いちじつ)を愼(つつし)み、善(よ)く始(はじ)めて終(をは)りを令(よ)くせんことを思(おも)ふ。
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『帝範』序朕(ちん)聞(き)く、大徳(たいとく)を生(せい)と曰(い)ひ、大寳(たいほう)を位(くらゐ)と曰(い)ふと。其(そ)の上下(しょうげ)を辨(わきま)へ、之(これ)に君臣(くんしん)を樹(た)つるは、黎元(れいげん)を撫育(ぶいく)し、庶類(しょるい)を鈞陶(きんとう)する所以(ゆゑん)なり。克(よ)く明(めい)に克(よ)く哲(てつ)に、允(まこと)に武(ぶ)に允(まこと)に文(ぶん)に、皇天(こうてん)命(めい)を眷(かへり)み、歴數(れきすう)躬(み)に在(あ)るに非(あら)ざるよりは、安(いづく)んぞ濫(みだ)りに靈圖(れいと)を握(にぎ)り、叨(みだ)りに神器(しんき)に臨(のぞ)む可(べ)けんや。是(ここ)を以(も)って翠媯(すいき)は唐堯(とうぎょう)の徳(とく)を荐(すす)め、元圭(げんけい)は夏禹(かう)の功(こう)に錫(たま)ふ。丹字(たんじ)祥(しょう)を呈(てい)して、周(しゅう)は八百(はっぴゃく)の祚(そ)を開(ひら)き、素靈(それい)瑞(ずい)を表(あらは)して、漢(かん)は重世(ちょうせい)の基(もとゐ)を啓(ひら)く。此(これ)に由(よ)って之(これ)を觀(み)れば、帝王(ていおう)の業(ぎょう)は、力(ちから)を以(も)って爭(あらそ)ふ可(べ)き者(もの)に非(あら)ざるなり。
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『帝範』序汝(なんぢ)㓜年(ようねん)を以(も)って、偏(ひと)へに慈愛(じあい)を鍾(あつ)め、義方(ぎほう)闕(か)くること多(おほ)く、庭訓(ていきん)乖(そむ)くこと有(あ)り。維城(いじょう)の居(きょ)より擢(ぬ)きんでて、屬(しょく)するに少陽(しょうよう)の任(にん)を以(も)ってす。未(いま)だ君臣(くんしん)の禮節(れいせつ)を辨(わきま)へず、稼穡(かしょく)の艱難(かんなん)を知(し)らず。朕(ちん)每(つね)に此(これ)を思(おも)ひて憂(うれ)ひと為(な)し、未(いま)だ嘗(かつ)て寢(しん)を廢(はい)し食(しょく)を忘(わす)れずんばあらず。軒昊(けんこう)より已降(いこう)、周隋(しゅうずい)に迄(いた)るまで、天(てん)を經(けい)し地(ち)を緯(い)する君(きみ)、業(ぎょう)を纂(つ)ぎ基(もとゐ)を承(う)くる主(しゅ)を以(も)って、興亡治亂(こうぼうちらん)、其(そ)の道(みち)煥(あき)らかなり。所以(ゆゑ)に前蹤(ぜんしょう)を披鏡(ひきょう)し、史籍(しせき)を博覽(はくらん)し、其(そ)の要言(ようげん)を聚(あつ)めて、以(も)って近誡(きんかい)と為(な)すのみ。
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『帝範』後序故(ゆゑ)に知(し)る、禍福(かふく)に門(もん)無(な)く、惟(た)だ人(ひと)の召(まね)く所(ところ)なるを。非(ひ)を既徃(きおう)に悔(く)いんと欲(ほっ)せば、惟(た)だ禍(わざはひ)を將来(しょうらい)に慎(つつし)め。當(まさ)に哲主(てっしゅ)を擇(えら)びて師(し)と為(な)すべし。吾(われ)を以(も)って前鑒(ぜんかん)と為(な)す母(なか)れ。法(のり)を上(かみ)に取(と)れば、僅(わづ)かに中(ちゅう)為(た)るを得(え)、法(のり)を中(ちゅう)に取(と)れば、故(ゆゑ)に其(そ)の下(しも)と為(な)る。上徳(じょうとく)に非(あら)ざるよりは、效(なら)ふ可(べ)からず。
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貞観政要・征伐夫れ珍玩技巧は、喪国の斧斤と為る。珠玉錦繡は、実に迷心の酖毒なり。窃かに見るに、服玩は鮮靡にして、自然に変化するが如し。職貢の奇珍は、神仙の制する所の若し。華を季俗に馳すと雖も、実に素を淳風に敗る。是れ知る、漆器は叛を延(まね)くの方に非ざるも、桀は之を造りて人叛す。玉杯は豈に亡を招くの術ならんや、紂は之を用いて国亡ぶ。方に験す、侈麗の源は、遏(とど)めざるべからざるを。夫れ法を倹に作るも、猶お其の奢を恐る。法を奢に作らば、何を以て後を制せんや。伏して惟うに陛下、明は未形を照らし、智は無際に周し。奥秘を麟閣に窮め、探賾(たんさく)を儒林に尽くす。千王の治乱の蹤、百代の安危の跡、興亡衰乱の数、得失成敗の機は、固より亦た心府の中に包吞し、目囲の内に循環す。乃ち宸衷久しく察す。一二の言を假らず。惟だ之を知るは難きに非ず、之を行うは易からず。志は業の著るるに驕り、体は時の安きに逸す。伏して願わくは志を抑え心を裁し、終わりを慎み始めを成し、軽過を削りて以て重徳を添え、今の是を択びて以て前の非に替えば、則ち鴻名は日月と窮まり無く、盛業は乾坤と永く泰からん。
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貞観政要・公平前後の諷諭を省(かんが)みるに、皆な切至の意なり。固より卿に望む所なり。朕は昔、衡門に在り、尚お惟れ童幼なり。未だ師保の訓に漸(すす)まず、罕(まれ)に先達の言を聞く。隋主の分崩し、万邦の塗炭に値(あ)う。惵惵(ちょうちょう)たる黔黎、身を庇う所無し。朕は二九の年より、溺を拯(すく)うの懐い有り。憤を発し袂を投じ、便ち干戈を提(ひっさ)ぐ。霜露を蒙犯し、東西に征伐す。日に給するに暇あらず、居るに寧歳無し。蒼昊の霊を降し、廟堂の略を稟(う)く。義旗の指す所、触るる向(さき)は平夷す。弱水・流沙も、並びに輶軒(ゆうけん)の使を通ず。被髪左衽も、皆な衣冠の域と為る。正朔の班(し)く所、遠しとして届かざる無し。恭しく宝暦を承け、寅(つつし)みて帝図を奉ずるに及び、垂拱無為にして、氛埃(ふんあい)は靖息す。茲に十有余年。斯れ蓋し股肱は帷幄の謀を罄(つく)し、爪牙は熊羆の力を竭くす。徳を協(あ)わせ心を同じくし、以て此に致る。自ら惟うに寡薄なるに、厚く斯の休を享く。大なる神器を撫するを以て、憂いは深く責めは重し。常に万幾の多く曠(むな)しく、四聡の達せざるを懼る。戦戦兢兢として、坐して以て旦を待つ。公卿に詢(と)い、以て隸皂(れいそう)に至るまで、推すに赤心を以てす。庶幾(ちか)くは明らかに頼り、一動もて鍾石を以てす。淳風至徳、永く竹帛に伝う。克く鴻名を播き、常に称首と為らん。朕は虚薄を以て、往代に慚ずること多し。若し舟楫に任ぜずんば、豈に彼の巨川を済(わた)るを得んや。塩梅を藉らずんば、安くんぞ夫の五味を調うるを得んや。絹三百匹を賜う。
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