帝範 / 後序
此十二條者,帝王之大綱也。安危興廢,咸在兹焉。
新字:此十二条者,帝王之大綱也。安危興廃,咸在茲焉。
書き下し
此(こ)の十二條(じゅうにじょう)は、帝王(ていおう)の大綱(たいこう)なり。安危(あんき)興廢(こうはい)、咸(ことごと)く兹(ここ)に在(あ)り。
現代語訳
この十二の条は、帝王の大綱である。安きも危うきも、興るも廃れるも、ことごとくここにかかっている。
解説
君体・建親・求賢・審官・納諫・去讒・誡盈・崇倹・賞罰・務農・閲武・崇文。太宗が皇太子に残した十二の項目を、ここで一度に束ね直す短い一段である。「大綱」は網の大もとの綱のことで、細目ではなく、そこを引けば網全体が動く要のことをいう。十二という数を見れば分かるように、この書は網羅を目指していない。歴史を博覧したうえで、これだけは、と絞ったものである。そして「安危興廢、咸く兹に在り」と言い切る。他にもあるが特に大事だ、という言い方ではなく、ここに全部あると断言する。後を継ぐ者に何を渡すかを考えるとき、量ではなく数を絞ることの意味を、この一段が示している。十二なら、覚えていられる。
この章句が説くこと
十二条大綱安危興廃要を絞る
関連する章句
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『帝範』序朕(ちん)聞(き)く、大徳(たいとく)を生(せい)と曰(い)ひ、大寳(たいほう)を位(くらゐ)と曰(い)ふと。其(そ)の上下(しょうげ)を辨(わきま)へ、之(これ)に君臣(くんしん)を樹(た)つるは、黎元(れいげん)を撫育(ぶいく)し、庶類(しょるい)を鈞陶(きんとう)する所以(ゆゑん)なり。克(よ)く明(めい)に克(よ)く哲(てつ)に、允(まこと)に武(ぶ)に允(まこと)に文(ぶん)に、皇天(こうてん)命(めい)を眷(かへり)み、歴數(れきすう)躬(み)に在(あ)るに非(あら)ざるよりは、安(いづく)んぞ濫(みだ)りに靈圖(れいと)を握(にぎ)り、叨(みだ)りに神器(しんき)に臨(のぞ)む可(べ)けんや。是(ここ)を以(も)って翠媯(すいき)は唐堯(とうぎょう)の徳(とく)を荐(すす)め、元圭(げんけい)は夏禹(かう)の功(こう)に錫(たま)ふ。丹字(たんじ)祥(しょう)を呈(てい)して、周(しゅう)は八百(はっぴゃく)の祚(そ)を開(ひら)き、素靈(それい)瑞(ずい)を表(あらは)して、漢(かん)は重世(ちょうせい)の基(もとゐ)を啓(ひら)く。此(これ)に由(よ)って之(これ)を觀(み)れば、帝王(ていおう)の業(ぎょう)は、力(ちから)を以(も)って爭(あらそ)ふ可(べ)き者(もの)に非(あら)ざるなり。
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『帝範』崇文第十二至若(いた)りては長氣(ちょうき)地(ち)に亘(わた)り、成敗(せいはい)は鋒端(ほうたん)に定(さだ)まり、巨浪(きょろう)天(てん)に滔(みなぎ)り、興亡(こうぼう)は一陣(いちじん)に决(き)す。此(こ)の際(さい)に當(あた)りては、則(すなは)ち干戈(かんか)を貴(たっと)びて庠序(しょうじょ)を賤(いや)しむ。海嶽(かいがく)既(すで)に晏(やす)らかに、波塵(はじん)已(すで)に清(きよ)きに及(およ)びては、七徳(しちとく)の餘威(よい)を偃(ふ)せ、九功(きゅうこう)の大化(たいか)を敷(し)く。此(こ)の際(さい)に當(あた)りては、則(すなは)ち甲胄(かっちゅう)を輕(かろ)んじて詩書(ししょ)を重(おも)んず。是(ここ)に知(し)る、文武(ぶんぶ)の二途(にと)、一(いつ)を捨(す)つ可(べ)からず、時(とき)と優劣(ゆうれつ)し、各(おのおの)其(そ)の宜(よろ)しき有(あ)ることを。武士(ぶし)儒人(じゅじん)、焉(いづく)んぞ廢(はい)す可(べ)けんや。
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『帝範』序汝(なんぢ)㓜年(ようねん)を以(も)って、偏(ひと)へに慈愛(じあい)を鍾(あつ)め、義方(ぎほう)闕(か)くること多(おほ)く、庭訓(ていきん)乖(そむ)くこと有(あ)り。維城(いじょう)の居(きょ)より擢(ぬ)きんでて、屬(しょく)するに少陽(しょうよう)の任(にん)を以(も)ってす。未(いま)だ君臣(くんしん)の禮節(れいせつ)を辨(わきま)へず、稼穡(かしょく)の艱難(かんなん)を知(し)らず。朕(ちん)每(つね)に此(これ)を思(おも)ひて憂(うれ)ひと為(な)し、未(いま)だ嘗(かつ)て寢(しん)を廢(はい)し食(しょく)を忘(わす)れずんばあらず。軒昊(けんこう)より已降(いこう)、周隋(しゅうずい)に迄(いた)るまで、天(てん)を經(けい)し地(ち)を緯(い)する君(きみ)、業(ぎょう)を纂(つ)ぎ基(もとゐ)を承(う)くる主(しゅ)を以(も)って、興亡治亂(こうぼうちらん)、其(そ)の道(みち)煥(あき)らかなり。所以(ゆゑ)に前蹤(ぜんしょう)を披鏡(ひきょう)し、史籍(しせき)を博覽(はくらん)し、其(そ)の要言(ようげん)を聚(あつ)めて、以(も)って近誡(きんかい)と為(な)すのみ。
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『帝範』後序故(ゆゑ)に知(し)る、禍福(かふく)に門(もん)無(な)く、惟(た)だ人(ひと)の召(まね)く所(ところ)なるを。非(ひ)を既徃(きおう)に悔(く)いんと欲(ほっ)せば、惟(た)だ禍(わざはひ)を將来(しょうらい)に慎(つつし)め。當(まさ)に哲主(てっしゅ)を擇(えら)びて師(し)と為(な)すべし。吾(われ)を以(も)って前鑒(ぜんかん)と為(な)す母(なか)れ。法(のり)を上(かみ)に取(と)れば、僅(わづ)かに中(ちゅう)為(た)るを得(え)、法(のり)を中(ちゅう)に取(と)れば、故(ゆゑ)に其(そ)の下(しも)と為(な)る。上徳(じょうとく)に非(あら)ざるよりは、效(なら)ふ可(べ)からず。
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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