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帝範 / 務農第十

子育黎黔,惟資威恵。恵可懷也,則殊俗歸風,若披霜而照春日;威可懼也,則中華慴軏,如履刃而戴雷霆。必湏威恵並馳,剛柔兩用,畫刑不犯,移木無欺。賞罰既明,則善惡斯别;仁信普著,則遐邇宅心。勸穡務農,則饑寒之患塞;遏奢禁麗,則豐厚之利興。且君之化下,如風偃草。上不節心,則下多逸志;君不約己,而禁人為非,是猶惡火之燃,添薪望其止焰;忿池之濁,撓浪欲止其流,不可得也。莫若先正其身,則人不言而化矣。

新字:子育黎黔,惟資威恵。恵可懐也,則殊俗帰風,若披霜而照春日;威可懼也,則中華慴軏,如履刃而戴雷霆。必須威恵並馳,剛柔両用,画刑不犯,移木無欺。賞罰既明,則善悪斯別;仁信普著,則遐邇宅心。勧穡務農,則饑寒之患塞;遏奢禁麗,則豊厚之利興。且君之化下,如風偃草。上不節心,則下多逸志;君不約己,而禁人為非,是猶悪火之燃,添薪望其止焰;忿池之濁,撓浪欲止其流,不可得也。莫若先正其身,則人不言而化矣。

書き下し

黎黔(れいけん)を子育(しいく)するは、惟(た)だ威恵(いけい)に資(と)る。恵(けい)は懷(なつ)く可(べ)ければ、則(すなは)ち殊俗(しゅぞく)風(ふう)に歸(き)すること、霜(しも)を披(ひら)きて春日(しゅんじつ)に照(て)らさるるが若(ごと)し。威(い)は懼(おそ)る可(べ)ければ、則(すなは)ち中華(ちゅうか)慴軏(しょうげつ)すること、刃(やいば)を履(ふ)みて雷霆(らいてい)を戴(いただ)くが如(ごと)し。必(かなら)ず湏(すべか)らく威恵(いけい)並(なら)び馳(は)せ、剛柔(ごうじゅう)兩(ふた)つながら用(もち)ゐ、刑(けい)を畫(えが)きて犯(をか)さず、木(き)を移(うつ)して欺(あざむ)くこと無(な)かるべし。賞罰(しょうばつ)既(すで)に明(あき)らかなれば、則(すなは)ち善惡(ぜんあく)斯(ここ)に别(わか)れ、仁信(じんしん)普(あまね)く著(あら)はるれば、則(すなは)ち遐邇(かじ)心(こころ)を宅(お)く。穡(しょく)を勸(すす)め農(のう)を務(つと)むれば、則(すなは)ち饑寒(きかん)の患(うれ)ひ塞(ふさ)がり、奢(しゃ)を遏(とど)め麗(れい)を禁(きん)ずれば、則(すなは)ち豐厚(ほうこう)の利(り)興(おこ)る。且(か)つ君(きみ)の下(しも)を化(か)するは、風(かぜ)の草(くさ)を偃(ふ)すが如(ごと)し。上(かみ)心(こころ)を節(せっ)せざれば、則(すなは)ち下(しも)に逸志(いっし)多(おほ)し。君(きみ)己(おのれ)を約(やく)せずして、人(ひと)の非(ひ)を為(な)すを禁(きん)ずるは、是(こ)れ猶(な)ほ火(ひ)の燃(も)ゆるを惡(にく)みて、薪(たきぎ)を添(そ)へて其(そ)の焰(ほのほ)の止(や)むを望(のぞ)み、池(いけ)の濁(にご)るを忿(いか)りて、浪(なみ)を撓(みだ)して其(そ)の流(なが)れを止(と)めんと欲(ほっ)するがごとし。得(う)可(べ)からざるなり。莫(な)し、先(ま)づ其(そ)の身(み)を正(ただ)せば、則(すなは)ち人(ひと)言(い)はずして化(か)するに若(し)くは。

現代語訳

民を我が子のように育てるには、ただ威と恵によるほかない。恵によってなつかせられれば、異なる習俗の民が風に靡くように帰服すること、霜を払いのけて春の日に照らされるようである。威によって懼れさせられれば、国の内が畏れ従うこと、刃を踏み雷を頭上に戴くようである。必ず威と恵を並べて走らせ、剛と柔の両方を用い、刑罰を地に描くだけでも犯さぬようにし、木を移して信を示した約束を欺かぬようにせねばならない。賞罰が明らかであれば善悪はそこで分かれ、仁と信があまねく現れれば遠近の人が心を寄せる。農耕を勧め務めさせれば飢えと寒さの患いはふさがり、奢りを止め華美を禁ずれば豊かな利が興る。そもそも君主が下を教化するのは、風が草を靡かせるようなものだ。上が心を節しなければ、下には勝手な志が多くなる。君主が自分を約さずに、人が非をなすのを禁じるのは、火が燃えるのを憎みながら薪を足して焔が止むのを望み、池が濁るのを怒りながら波をかき乱して流れが止まるのを望むようなものだ。できるはずがない。まず自分の身を正すに越したことはない。そうすれば人は言われなくても変わる。

解説

務農篇の後半は、統治全体の総括のような一段になっている。威と恵、剛と柔を並べ、賞罰と仁信を並べ、勧農と禁奢を並べる。ここまでは対句の積み重ねだが、最後に一気に主語が上へ返る。「君己を約せずして、人の非を為すを禁ずる」——自分を律さずに他人の非を禁じる。それは火を憎みながら薪をくべ、濁りを怒りながら波を立てるようなものだ、と。禁じる行為そのものが、禁じたい事態を作っているという構図である。刑を厳しくしても現場の不正が減らないとき、この一段は正確に効く。取り締まりを強めることは、しばしば薪をくべることに似ている。結びの「先づ其の身を正せば、則ち人言はずして化する」は『論語』子路篇の「其の身正しければ、令せずして行はる」と同じ立場だが、太宗は君主自身の言葉としてこれを書いた。

この章句が説くこと

威恵並馳風偃草其身を正す移木無欺

この一句を、あなたの毎日に。

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