帝範 / 建親第二
夫六合曠道,大寳重任。曠道不可偏制,故與人共理之;重任不可獨居,故與人共守之。是以封建親戚,以為藩衛,安危同力,盛衰一心。逺近相持,親疎兩用。并兼路塞,逆節不生。
新字:夫六合曠道,大宝重任。曠道不可偏制,故与人共理之;重任不可独居,故与人共守之。是以封建親戚,以為藩衛,安危同力,盛衰一心。遠近相持,親疎両用。并兼路塞,逆節不生。
書き下し
夫(そ)れ六合(りくごう)は曠道(こうどう)、大寳(たいほう)は重任(じゅうにん)なり。曠道(こうどう)は偏(ひと)へに制(せい)す可(べ)からず、故(ゆゑ)に人(ひと)と之(これ)を共(とも)に理(をさ)む。重任(じゅうにん)は獨(ひと)り居(を)る可(べ)からず、故(ゆゑ)に人(ひと)と之(これ)を共(とも)に守(まも)る。是(ここ)を以(も)って親戚(しんせき)を封建(ほうけん)し、以(も)って藩衛(はんえい)と為(な)し、安危(あんき)力(ちから)を同(おな)じくし、盛衰(せいすい)心(こころ)を一(いつ)にす。遠近(えんきん)相(あ)ひ持(じ)し、親疎(しんそ)兩(ふた)つながら用(もち)ゐる。并兼(へいけん)の路(みち)塞(ふさ)がり、逆節(ぎゃくせつ)生(しょう)ぜず。
現代語訳
そもそも天地四方は広大な領域であり、大いなる宝である帝位は重い任務である。広大な領域は一人で制することができない。だから人とともに治める。重い任務は一人で担えない。だから人とともに守る。そこで親族を諸侯に封じて守りの垣とし、安危にあたって力を合わせ、盛衰を通じて心を一つにする。遠い者と近い者が互いに支え合い、親しい者も疎い者も両方を用いる。そうすれば併呑の道はふさがれ、反逆の芽も生じない。
解説
「建親」は一族を諸侯に封じる封建の是非を論じた篇である。冒頭の理由づけが明快だ。「曠道は偏へに制す可からず」「重任は獨り居る可からず」——広すぎるから一人で治められない、重すぎるから一人で担えない。権限を分けるのは寛容さでも遠慮でもなく、規模と重さから来る必然だという。ここには帝王学としての現実感がある。分けたくないが分けざるを得ない、というのが出発点である。だから続く語も「共に理む」「共に守る」と、分割ではなく共同で書かれている。そして「親疎兩つながら用ゐる」。身内だけで固めるのでもなく、身内を排するのでもない。組織が創業者の手に余る大きさになったとき、誰にどこまで渡すかという問いは、いつの時代も同じ形で現れる。
この章句が説くこと
六合曠道共に治める封建親疎両用
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