荘子 / 天下
桓團、公孫龍辯者之徒,飾人之心,易人之意,能勝人之口,不能服人之心,辯者之囿也。惠施日以其知,與人之辯,特與天下之辯者為怪,此其柢也。
新字:桓団、公孫竜弁者之徒,飾人之心,易人之意,能勝人之口,不能服人之心,弁者之囿也。恵施日以其知,与人之弁,特与天下之弁者為怪,此其柢也。
書き下し
桓団(かんだん)・公孫竜は辯者の徒なり。人の心を飾り、人の意を易(か)え、能く人の口に勝つも、人の心を服する能わず。辯者の囿(かこい)なり。恵施は日に其の知を以て、人と辯じ、特に天下の辯者と与に怪を為す。此れ其の柢(もと)なり。
現代語訳
桓団と公孫竜は、弁論家の一派である。人の心を飾り立て、人の考えを変えさせ、人の口を封じることはできたが、人の心を納得させることはできなかった。これが弁論家の限界(囲い)である。恵施は日々その知恵をもって人と論じ、ことさら天下の弁論家たちと奇抜なことを競い合った。これが彼らの根本である。
解説
「人の口を封じることはできたが、人の心を納得させることはできなかった」。この一句が弁論の限界を突いています。議論に勝つことと、人を納得させることは別です。言い負かされた人は、黙ります。しかし納得はしていません。むしろ恨みが残る。「弁論家の囲い」という表現が的確です。彼らは自分の得意な土俵の中に、閉じ込められているのです。
この章句が説くこと
能勝人之口不能服人之心弁論家の限界囲いの中傾聴
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