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荘子 / 天下

惠施以此為大觀於天下而曉辯者,天下之辯者相與樂之。卵有毛,雞三足,郢有天下,犬可以為羊,馬有卵,丁子有尾,火不熱,山出口,輪不蹍地,目不見,指不至,至不絕,龜長於蛇,矩不方,規不可以為圓,鑿不圍枘,飛鳥之景未嘗動也,鏃矢之疾而有不行不止之時,狗非犬,黃馬、驪牛三,白狗黑,孤駒未嘗有母,一尺之捶,日取其半,萬世不竭。辯者以此與惠施相應,終身無窮。

新字:恵施以此為大観於天下而暁辯者,天下之辯者相与楽之。卵有毛,雞三足,郢有天下,犬可以為羊,馬有卵,丁子有尾,火不熱,山出口,輪不蹍地,目不見,指不至,至不絶,龜長於蛇,矩不方,規不可以為円,鑿不囲枘,飛鳥之景未嘗動也,鏃矢之疾而有不行不止之時,狗非犬,黄馬、驪牛三,白狗黒,孤駒未嘗有母,一尺之捶,日取其半,万世不竭。辯者以此与恵施相応,終身無窮。

書き下し

恵施は此を以て大観を天下に為し、辯者を暁(さと)す。天下の辯者は相与に之を楽しむ。卵に毛有り、鶏に三足あり、郢(えい)に天下有り、犬は以て羊と為すべし、馬に卵有り、丁子に尾有り、火は熱からず、山は口を出だし、輪は地を蹍(ふ)まず、目は見えず、指は至らず、至れば絶えず、亀は蛇より長く、矩は方ならず、規は以て円と為すべからず、鑿(さく)は枘(ぜい)を囲まず、飛鳥の景(かげ)は未だ嘗て動かざるなり、鏃矢(ぞくし)の疾(はや)きも行かず止まらざるの時有り、狗は犬に非ず、黄馬・驪牛(りぎゅう)は三、白狗は黒し、孤駒は未だ嘗て母有らず、一尺の捶(つえ)、日に其の半ばを取れば、万世竭(つ)きず。辯者は此を以て恵施と相応じ、身を終うるまで窮まり無し。

現代語訳

恵施はこれをもって天下に大いなる見識を示し、弁論家たちを教え諭した。天下の弁論家たちは、こぞってこれを楽しんだ。「卵に毛がある」「鶏に三本の足がある」「郢の都に天下がある」「犬を羊と呼んでもよい」「馬に卵がある」「蛙に尾がある」「火は熱くない」「山は口から出る」「車輪は地面を踏まない」「目は見えない」「指は届かない」「届けば途切れない」「亀は蛇より長い」「定規は四角でない」「コンパスでは円は描けない」「ほぞ穴はほぞを囲まない」「飛ぶ鳥の影は動いたことがない」「矢は速く飛んでも、行かず止まらない時がある」「狗は犬ではない」「黄色い馬と黒い牛で三つ」「白い犬は黒い」「一頭立ちの子馬に母はいない」「一尺の杖を、毎日半分ずつ取っていけば、万世かかっても尽きない」。弁論家たちはこれをもって恵施と応酬し、生涯にわたって尽きることがなかった。

解説

詭弁の見本市とも言うべき一段です。「飛ぶ鳥の影は動いたことがない」「一尺の杖を毎日半分ずつ取っても、万世尽きない」。後者は、無限分割のパラドックスです。確かに面白い。そして「生涯にわたって尽きることがなかった」。ここが問題です。面白いから、永遠に続けられる。しかし、どこにも到達しません。知的な遊戯は、それ自体が快楽なので、やめられなくなるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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