荘子 / 天下
關尹曰:「在己無居,形物自著。其動若水,其靜若鏡,其應若響。芴乎若亡,寂乎若清,同焉者和,得焉者失。未嘗先人而常隨人。」
新字:関尹曰:「在己無居,形物自著。其動若水,其静若鏡,其応若響。芴乎若亡,寂乎若清,同焉者和,得焉者失。未嘗先人而常随人。」
書き下し
関尹曰く、「己に在りて居る無ければ、形物自ら著(あら)わる。其の動くこと水の若く、其の静かなること鏡の若く、其の応ずること響の若し。芴乎(こつこ)として亡(な)きが若く、寂乎(せきこ)として清きが若し。焉(これ)に同じくする者は和し、焉に得る者は失う。未だ嘗て人に先んぜずして常に人に随う」と。
現代語訳
関尹は言った。「自分の中に居座るものがなければ、物の姿は自ずと現れる。その動きは水のようであり、その静けさは鏡のようであり、その応じ方はこだまのようだ。ぼんやりとして無いようであり、ひっそりとして清らかなようだ。それと同じになる者は和らぎ、それを得ようとする者は失う。決して人に先んじることなく、常に人に従う」。
解説
「自分の中に居座るものがなければ、物の姿は自ずと現れる」。この一句が核心の一段です。自分の考えが居座っていると、物事はその考えに歪められて見えます。空っぽにすれば、そのまま映る。水のように動き、鏡のように静まり、こだまのように応じる。どれも、自分から何かを発していません。ただ受けて、返すだけ。そして「それを得ようとする者は失う」。掴もうとした瞬間に、逃げていくのです。