荘子 / 天下
以本為精,以物為粗,以有積為不足,澹然獨與神明居,古之道術有在於是者。關尹、老聃聞其風而悅之。建之以常無有,主之以太一,以濡弱謙下為表,以空虛不毀萬物為實。
新字:以本為精,以物為粗,以有積為不足,澹然独与神明居,古之道術有在於是者。関尹、老聃聞其風而悅之。建之以常無有,主之以太一,以濡弱謙下為表,以空虚不毀万物為実。
書き下し
本を以て精と為し、物を以て粗と為し、積有るを以て足らずと為し、澹然(たんぜん)として独り神明と居る。古の道術に是に在る者有り。関尹(かんいん)・老聃、其の風を聞きて之を悦ぶ。之を建つるに常無有を以てし、之を主とするに太一を以てす。濡弱(じゅじゃく)謙下を以て表と為し、空虚にして万物を毀(そこな)わざるを以て実と為す。
現代語訳
根本を精妙なものとし、物を粗いものとし、蓄えがあることを足りないこととし、淡々として、ただ独り神妙なものとともにある。昔の道術に、こういうものがあった。関尹と老聃は、その風を聞いて喜んだ。それを「常に無であり有である」ということの上に打ち立て、「大いなる一」を主とした。柔らかさとへりくだりを外に現し、空虚でありながら万物を損なわないことを内実とした。
解説
老子の学派への批評が始まる一段です。「蓄えがあることを、足りないこととする」。この逆説が印象的です。普通は、蓄えがあれば足りていると考えます。ところが老子は逆で、蓄えがあること自体が、まだ足りない証だと見る。本当に満ちていれば、蓄える必要がないからです。そして「柔らかさとへりくだりを外に現す」。強さではなく、柔らかさ。上ではなく、下。この価値の反転が、老子の核心です。