荘子 / 天下
墨翟、禽滑釐之意則是,其行則非也。將使後世之墨者必自苦以腓無胈、脛無毛,相進而已矣。亂之上也,治之下也。雖然,墨子真天下之好也,將求之不得也,雖枯槁不舍也,才士也!
新字:墨翟、禽滑釐之意則是,其行則非也。将使後世之墨者必自苦以腓無胈、脛無毛,相進而已矣。乱之上也,治之下也。雖然,墨子真天下之好也,将求之不得也,雖枯槁不舎也,才士也!
書き下し
墨翟・禽滑釐の意は則ち是なり。其の行いは則ち非なり。将に後世の墨者をして必ず自ら苦しみて腓に胈無く、脛に毛無きを以て、相進むのみならしめんとす。乱の上なり、治の下なり。然りと雖も、墨子は真に天下の好(よ)きなり。将に之を求めて得ざらんとす。枯槁すと雖も舎(す)てざるなり。才士なるかな。
現代語訳
墨翟と禽滑釐の志は、正しかった。しかしその行いは、間違っていた。後の世の墨者たちに、必ず自らを苦しめ、ふくらはぎの肉をそぎ、脛の毛をすり減らすことを競わせるだけになった。乱としては上等だが、治としては下等だ。とはいえ、墨子はまことに天下の善き人であった。もう二度と、そういう人は得られないだろう。やせ細っても、志を捨てなかった。まことの才士である。
解説
厳しく批判した後で、墨子個人には最大の敬意を払う一段です。「志は正しかった。しかし行いは間違っていた」。この区別が誠実です。そして「墨子はまことに天下の善き人であった。もう二度とそういう人は得られないだろう」。批判しながら、称える。学説は否定しても、人格は認める。この態度の公正さが、天下篇の格調を作っています。批判と敬意は、両立するのです。