荘子 / 天下
古之人其備乎!配神明,醇天地,育萬物,和天下,澤及百姓,明於本數,係於末度,六通四辟,小大精粗,其運無乎不在。其明而在數度者,舊法世傳之史尚多有之。其在於《詩》、《書》、《禮》、《樂》者,鄒、魯之士、搢紳先生多能明之。《詩》以道志,《書》以道事,《禮》以道行,《樂》以道和,《易》以道陰陽,《春秋》以道名分。其數散於天下而設於中國者,百家之學時或稱而道之。
新字:古之人其備乎!配神明,醇天地,育万物,和天下,沢及百姓,明於本数,係於末度,六通四辟,小大精粗,其運無乎不在。其明而在数度者,旧法世伝之史尚多有之。其在於《詩》、《書》、《礼》、《楽》者,鄒、魯之士、搢紳先生多能明之。《詩》以道志,《書》以道事,《礼》以道行,《楽》以道和,《易》以道陰陽,《春秋》以道名分。其数散於天下而設於中国者,百家之学時或称而道之。
書き下し
古の人は其れ備われるかな。神明に配し、天地に醇(じゅん)にし、万物を育て、天下を和し、沢は百姓に及ぶ。本数に明らかにして、末度に係(かか)る。六通四辟(りくつうしへき)、小大精粗、其の運は在らざる所無し。其の明らかにして数度に在る者は、旧法世に伝うるの史、尚お多く之れ有り。其の《詩》《書》《礼》《楽》に在る者は、鄒(すう)・魯の士、搢紳(しんしん)先生、多く能く之を明らかにす。《詩》は以て志を道(い)い、《書》は以て事を道い、《礼》は以て行を道い、《楽》は以て和を道い、《易》は以て陰陽を道い、《春秋》は以て名分を道う。其の数、天下に散じて中国に設けらるる者は、百家の学、時に或いは称して之を道う。
現代語訳
昔の人は、なんと完備していたことか。神妙なものと並び立ち、天地と純粋さを共にし、万物を育て、天下を和らげ、恵みは民にまで及んだ。根本の理に明るく、末端の制度にも通じていた。四方八方に通じ、大小精粗、そのはたらきが及ばないところはなかった。そのうち、はっきりと制度として残っているものは、古い法を代々伝える史官の記録に、今も多く残っている。『詩経』『書経』『礼記』『楽経』にあるものは、鄒や魯の士、官職にある先生方が、よく明らかにしている。『詩経』は志を語り、『書経』は事績を語り、『礼記』は行いを語り、『楽経』は調和を語り、『易経』は陰陽を語り、『春秋』は名分を語る。それらが天下に散らばり、中国に設けられているものを、諸子百家の学問が、時おり取り上げて語っている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・天下天下の方術を治むる者は多し。皆な其の有する所を以て加うべからずと為す。古の所謂道術なる者は、果たして悪(いず)くにか在る。曰く、「在らざる所無し」と。曰く、「神は何に由りてか降り、明は何に由りてか出づる」と。「聖には生ずる所有り、王には成る所有り。皆な一に原(もと)づく」。
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荘子・天下天下大いに乱れ、賢聖明らかならず、道徳一ならず。天下多く一察を得て以て自ら好しとす。譬うれば耳目鼻口の如し。皆な明らかにする所有るも、相通ずる能わず。猶お百家の衆技のごときなり。皆な長ずる所有り、時に用うる所有り。然りと雖も、該(そな)わらず遍(あまね)からず、一曲の士なり。天地の美を判(わか)ち、万物の理を析(さ)き、古人の全を察するも、能く天地の美に備わり、神明の容を称する者寡(すく)なし。是の故に内聖外王の道は、闇(くら)くして明らかならず、鬱(ふさ)がりて発せず。天下の人は各々其の欲する所を為して以て自ら方と為す。悲しいかな。百家は往きて反らず。必ず合わざらん。後世の学者は、不幸にして天地の純、古人の大体を見ず。道術将に天下の為に裂かれんとす。
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荘子・天地天地は大なりと雖も、其の化は均(ひと)しきなり。万物は多しと雖も、其の治は一なり。人卒(じんそつ)は衆(おお)しと雖も、其の主は君なり。君は徳に原(もと)づきて天に成る。故に曰く、玄古(げんこ)の天下に君たるは、無為なり、天徳のみ、と。道を以て言を観れば而ち天下の君正し。道を以て分を観れば而ち君臣の義明らかなり。道を以て能を観れば而ち天下の官治まる。道を以て汎(ひろ)く観れば而ち万物の応備わる。故に天地に通ずる者は、徳なり。万物に行わるる者は、道なり。上(かみ)人を治むる者は、事なり。能(よ)く芸(げい)する所有る者は、技なり。技は事に兼ねられ、事は義に兼ねられ、義は徳に兼ねられ、徳は道に兼ねられ、道は天に兼ねらる。故に曰く、「古の天下を畜(やしな)う者は、無欲にして天下足り、無為にして万物化し、淵静(えんせい)にして百姓(ひゃくせい)定まる」と。記に曰く、「一に通じて万事畢(お)わり、無心にして得れば鬼神も服す」と。
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荘子・天道故に《書》に曰く、「形有り名有り」と。形名なる者は、古人も之れ有り。而れども先んずる所以に非ざるなり。古の大道を語る者は、五たび変じて形名挙ぐべく、九たび変じて賞罰言うべきなり。驟(にわか)に形名を語るは、其の本を知らざるなり。驟に賞罰を語るは、其の始めを知らざるなり。道を倒(さかしま)にして言い、道に迕(さから)いて説く者は、人の治むる所なり。安くんぞ能く人を治めんや。驟に形名賞罰を語るは、此れ治の具を知る有るも、治の道を知るに非ざるなり。天下に用うべきも、以て天下を用うるに足らず。此を之れ辯士と謂う。一曲の人なり。礼法度数、形名比詳は、古人も之れ有り。此れ下の上に事うる所以にして、上の下を畜う所以に非ざるなり。
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荘子・胠篋子は独り至徳の世を知らざるか。昔者(むかし)容成氏・大庭氏・伯皇氏・中央氏・栗陸氏・驪畜氏・軒轅氏・赫胥氏・尊盧氏・祝融氏・伏羲氏・神農氏あり。是の時に当たるや、民は縄を結びて之を用い、其の食を甘しとし、其の服を美とし、其の俗を楽しみ、其の居に安んず。鄰国相望み、鶏狗の音相聞こゆるも、民は老死に至るまで相往来せず。此の若きの時は、則ち至治のみ。今、遂に民をして頸を延べ踵を挙げて「某所に賢者有り」と曰わしむるに至る。糧を贏(か)ちて之に趣(おもむ)けば、則ち内は其の親を棄て、外は其の主の事を去る。足跡は諸侯の境に接し、車軌は千里の外に結ぶ。則ち是れ上(かみ)の知を好むの過ちなり。上誠に知を好みて道無くんば、則ち天下は大いに乱れん。何を以て其の然るを知るか。夫れ弓・弩(ど)・畢(ひつ)・弋(よく)・機変の知多ければ、則ち鳥は上に乱る。鉤餌(こうじ)・罔(もう)・罟罾笱(こそうく)の知多ければ、則ち魚は水に乱る。削格(さくかく)・羅落(らら)・罝罘(しゃふ)の知多ければ、則ち獣は沢に乱る。知詐漸毒(ちさぜんどく)・頡滑堅白(けっかつけんぱく)・解垢同異(かいこうどうい)の変多ければ、則ち俗は辯に惑う。故に天下毎毎(まいまい)に大いに乱るるは、罪は知を好むに在り。故に天下は皆な其の知らざる所を求むるを知りて、其の已に知る所を求むるを知る莫し。皆な其の善からざる所を非とするを知りて、其の已に善しとする所を非とするを知る莫し。是を以て大いに乱る。故に上は日月の明を悖(もと)り、下は山川の精を爍(と)かし、中は四時の施(ほどこ)しを堕(やぶ)る。惴耎(ずいぜん)の虫、肖翹(しょうぎょう)の物、其の性を失わざる莫し。甚だしいかな、知を好むの天下を乱すや。三代より以下は是れのみ。夫の種種(しゅしゅ)の民を舎(す)てて夫の役役(えきえき)たる佞(ねい)を悦び、夫の恬淡無為を釈(す)てて夫の啍啍(とんとん)たる意を悦ぶ。啍啍已に天下を乱せり。
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