荘子 / 列禦寇
或聘於莊子,莊子應其使曰:「子見夫犧牛乎?衣以文繡,食以芻叔,及其牽而入於太廟,雖欲為孤犢,其可得乎!」
新字:或聘於荘子,荘子応其使曰:「子見夫犠牛乎?衣以文繍,食以芻叔,及其牽而入於太廟,雖欲為孤犢,其可得乎!」
書き下し
或るひと荘子を聘(へい)す。荘子其の使に応えて曰く、「子は夫の犠牛(ぎぎゅう)を見るか。衣(き)するに文繡(ぶんしゅう)を以てし、食らわしむるに芻叔(すうしゅく)を以てす。其の牽かれて太廟に入るに及びて、孤犢(ことく)と為らんと欲すと雖も、其れ得べけんや」と。
現代語訳
ある人が荘子を招聘しようとした。荘子は使者に答えて言った。「あなたは、生贄の牛を見たことがあるか。美しい刺繍の衣を着せられ、上等な飼い葉を与えられる。ところが引かれて宗廟に入る段になって、いっそ一頭の子牛でいたかったと願っても、もはや叶うだろうか」。
解説
招聘を断る、荘子の名場面です。生贄の牛は、最高の扱いを受けます。美しい衣を着せられ、上等な餌を与えられる。しかしそれは、殺される日までのことです。そして祭壇に引かれる段になって、「ただの子牛でいたかった」と思っても、もう遅い。厚遇には、必ず理由があります。何のために大切にされているのか。それを問わずに厚遇を喜べば、気づいた時には祭壇の上です。
この章句が説くこと
犠牛厚遇の理由祭壇に引かれる遅すぎる後悔
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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