荘子 / 列禦寇
朱泙漫學屠龍於支離益,單千金之家,三年技成,而無所用其巧。
新字:朱泙漫学屠竜於支離益,単千金之家,三年技成,而無所用其巧。
書き下し
朱泙漫(しゅひょうまん)竜を屠(ほふ)るを支離益(しりえき)に学ぶ。千金の家を単(つ)くし、三年にして技成る。而も其の巧を用うる所無し。
現代語訳
朱泙漫は、竜を解体する技術を支離益に学んだ。千金の財産を使い果たし、三年かけて技を完成させた。ところが、その腕前を使う場所がどこにもなかった。
解説
竜を解体する技術を、三年かけて身につけた男。財産も使い果たした。ところが、竜などいません。だから使い道がない。この滑稽さが、ずしりと重い一段です。技術そのものは完璧です。努力も本物です。ただ、対象が存在しなかった。何を学ぶかを間違えると、どれほど努力しても報われません。学び始める前に、それが何のためかを問う。それを怠ると、三年と千金を失います。
この章句が説くこと
屠竜之技使い道のない技術学ぶ対象を間違える
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