荘子 / 列禦寇
莊子曰:「知道易,勿言難。知而不言,所以之天也;知而言之,所以之人也。古之人,天而不人。」
新字:荘子曰:「知道易,勿言難。知而不言,所以之天也;知而言之,所以之人也。古之人,天而不人。」
書き下し
荘子曰く、「道を知るは易く、言う勿(な)きは難し。知りて言わざるは、天に之(ゆ)く所以なり。知りて之を言うは、人に之く所以なり。古の人は、天にして人ならず」と。
現代語訳
荘子は言った。「道を知ることは易しい。しかし、それを語らずにいることは難しい。知っていて語らないのは、天に向かう道である。知っていてそれを語るのは、人に向かう道である。昔の人は、天であって人ではなかった」。
解説
「道を知ることは易しい。それを語らずにいることは難しい」。この一句が刺さる一段です。知ったことは、言いたくなります。分かったことを、誰かに伝えたくなる。しかしそれは、人に認められたいという欲でもあります。知って、黙っている。誰にも言わずに、ただ自分の中に持っている。これができる人は稀です。語りたい欲求を抑えることが、知ることそのものより難しいのです。
この章句が説くこと
知道易勿言難語りたい欲黙って持つ天に之く
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