荘子 / 列禦寇
聖人安其所安,不安其所不安;眾人安其所不安,不安其所安。
新字:聖人安其所安,不安其所不安;衆人安其所不安,不安其所安。
書き下し
聖人は其の安んずる所に安んじ、其の安んぜざる所に安んぜず。衆人は其の安んぜざる所に安んじ、其の安んずる所に安んぜず。
現代語訳
聖人は、安らげるところに安らぎ、安らげないところには安らがない。凡人は、安らげないところに安らぎ、安らげるところに安らがない。
解説
たった一行の、しかし鋭い一段です。聖人は、安らげる場所で安らぐ。当たり前です。ところが凡人は、逆をやっている。安らげない場所で無理に安らごうとし、本当に安らげる場所では落ち着かない。忙しさの中にいると安心し、何もない時間には不安になる。誰かに囲まれていると落ち着き、一人だと落ち着かない。私たちは、居心地の悪い場所を居場所だと思い込んでいるのかもしれません。
この章句が説くこと
安其所安居心地の悪い場所を居場所と思う逆さまの安らぎ
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