荘子 / 漁父
孔子愀然而歎,再拜而起曰:「丘再逐於魯,削跡於衛,伐樹於宋,圍於陳、蔡。丘不知所失,而離此四謗者何也?」客悽然變容曰:「甚矣子之難悟也!人有畏影惡跡而去之走者,舉足愈數而跡愈多,走愈疾而影不離身,自以為尚遲,疾走不休,絕力而死。不知處陰以休影,處靜以息跡,愚亦甚矣!子審仁義之間,察同異之際,觀動靜之變,適受與之度,理好惡之情,和喜怒之節,而幾於不免矣。謹修而身,慎守其真,還以物與人,則無所累矣。今不修之身而求之人,不亦外乎!」
新字:孔子愀然而嘆,再拝而起曰:「丘再逐於魯,削跡於衛,伐樹於宋,囲於陳、蔡。丘不知所失,而離此四謗者何也?」客悽然変容曰:「甚矣子之難悟也!人有畏影悪跡而去之走者,舉足愈数而跡愈多,走愈疾而影不離身,自以為尚遅,疾走不休,絶力而死。不知処陰以休影,処静以息跡,愚亦甚矣!子審仁義之間,察同異之際,観動静之変,適受与之度,理好悪之情,和喜怒之節,而幾於不免矣。謹修而身,慎守其真,還以物与人,則無所累矣。今不修之身而求之人,不亦外乎!」
書き下し
孔子愀然(しゅうぜん)として歎じ、再拝して起ちて曰く、「丘は再び魯に逐われ、跡を衛に削られ、樹を宋に伐られ、陳・蔡に囲まる。丘は失う所を知らず。而して此の四謗に離(かか)るは何ぞや」と。客悽然(せいぜん)として容を変じて曰く、「甚だしいかな子の悟り難きや。人に影を畏れ跡を悪みて之を去りて走る者有り。足を挙ぐること愈(いよい)よ数(しばしば)にして跡愈よ多く、走ること愈よ疾(と)くして影は身を離れず。自ら以為(おも)えらく尚お遅しと。疾く走りて休まず、力を絶して死せり。陰に処りて以て影を休め、静に処りて以て跡を息(や)むるを知らず。愚も亦た甚だし。子は仁義の間を審らかにし、同異の際を察し、動静の変を観、受与の度に適し、好悪の情を理(おさ)め、喜怒の節を和す。而も不免に幾(ちか)し。謹みて而(なんじ)の身を修め、慎みて其の真を守り、還(ま)た物を以て人に与えば、則ち累(わずら)わさるる所無からん。今、之を身に修めずして之を人に求む。亦た外ならずや」と。
現代語訳
孔子は顔色を変えて嘆息し、二度拝礼して立ち上がって言った。「私は二度も魯を追われ、衛では足跡を消され、宋では木を切り倒され、陳と蔡では包囲されました。私には何が悪かったのか分かりません。それなのに、この四つの謗りに遭うのはなぜでしょうか」。客は痛ましげに顔色を変えて言った。「なんと悟りの悪いことか。自分の影を恐れ、自分の足跡を嫌って、逃げ出した者がいる。足を上げれば上げるほど足跡は増え、速く走れば走るほど影は身を離れない。それでもまだ遅いと思い、速く走り続けて、力尽きて死んだ。日陰に入れば影は消え、じっとしていれば足跡はできない。それを知らなかったのだ。愚かにもほどがある。あなたは仁義の別を明らかにし、同異の境を見きわめ、動静の変化を観察し、授受の程度を測り、好悪の情を整え、喜怒の節度を和らげている。それでいて、災いを免れないのに近い。慎んで自分の身を修め、その真を守り、外の物は人に返してしまえば、煩わされることはない。ところが今、自分の身を修めずに、人に求めている。それこそ的外れではないか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・漁父孔子緇帷(しい)の林に遊び、杏壇(きょうだん)の上に休坐す。弟子は書を読み、孔子は絃歌して琴を鼓す。曲を奏すること未だ半ばならず。漁父なる者有り、船を下りて来たる。鬚眉(しゅび)交(こもごも)白く、髪を被り袂を揄(あ)げ、原を行きて以て上り、陸に距(いた)りて止まる。左手は膝に拠り、右手は頤(おとがい)を持して以て聴く。曲終わりて子貢・子路を招く。二人俱に対(こた)う。客孔子を指して曰く、「彼は何を為す者ぞや」と。子路対えて曰く、「魯の君子なり」と。客其の族を問う。子路対えて曰く、「族は孔氏なり」と。客曰く、「孔氏なる者は何をか治むるか」と。子路未だ応ぜず。子貢対えて曰く、「孔氏なる者は、性は忠信に服し、身は仁義を行い、礼楽を飾り、人倫を選(の)ぶ。上は以て世主に忠にし、下は以て斉民(せいみん)を化す。将に以て天下を利せんとす。此れ孔氏の治むる所なり」と。又た問いて曰く、「土有るの君か」と。子貢曰く、「非ざるなり」と。「侯王の佐か」と。子貢曰く、「非ざるなり」と。客乃ち笑いて還り行き、言いて曰く、「仁は則ち仁なり。恐らくは其の身を免れざらん。心を苦しめ形を労して以て其の真を危うくす。嗚呼、遠いかな其の道に分かるるや」と。
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荘子・山木孔子子桑雽(しそうこ)に問いて曰く、「吾は再び魯に逐(お)われ、樹を宋に伐られ、跡を衛に削られ、商・周に窮し、陳・蔡の間に囲まる。吾此の数患を犯して、親交益ます疏(うと)く、徒友益ます散ず。何ぞや」と。
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荘子・盗跖孔子再拝して趨り走り、門を出でて車に上る。轡(たづな)を執ること三たび失す。目は芒然として見る無く、色は死灰の若し。軾(しょく)に拠りて頭を低(た)れ、気を出だす能わず。帰りて魯の東門の外に到り、適(たまた)ま柳下季に遇う。柳下季曰く、「今者(このごろ)闕然(けつぜん)として数日見えず。車馬に行色有り。得(そもそ)も微(な)くも往きて跖に見えしか」と。孔子天を仰ぎて歎じて曰く、「然り」と。柳下季曰く、「跖は汝の意に逆らうこと前の若きこと無からんか」と。孔子曰く、「然り。丘は所謂病無くして自ら灸するなり。疾く走りて虎の頭を料(な)で、虎の鬚を編む。幾(ほとん)ど虎口を免れざらんかな」と。
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『晏子春秋』外篇下・仲尼之齊見景公而不見,晏子子貢致問仲尼斉に之き、景公に見ゆるも晏子に見えず。子貢曰く、「君に見ゆるも其の政に従う者に見えざるは、可ならんか」と。仲尼曰く、「吾聞く、晏子三君に事えて順なりと。吾其の為人を疑う」と。晏子之を聞きて曰く、「嬰は則ち斉の世民なり。其の行を維がず、其の過を識らず、自ら立つ能わざるなり。嬰之を聞く、幸いに愛せらるる有れば、幸いに悪まるる無し、誹誉は類を為し、声響相応じ、行を見て之に従う者なりと。嬰之を聞く、一心を以て三君に事うる者は順なる所以、三心を以て一君に事うる者は順ならずと。今未だ嬰の行を見ずして、其の順なるを非とす。嬰之を聞く、君子は独立して影に慚じず、独寝して魂に慚じずと。孔子は樹を抜かれ跡を削られても、自ら以て辱と為さず。身は陳・蔡に窮するも、自ら以て約と為さず。人を非りて其の故を得ざるは、是れ猶お沢人の斤斧を非とし、山人の網罟を非とするがごとし。之を其の口より出だすも、其の困しむを知らざるなり。始め吾儒を望みて之を貴ぶも、今吾儒を望みて之を疑う」と。仲尼之を聞きて曰く、「語に之有り、言は邇きに発すれども、遠きに止むべからず、行は身に存すれども、衆に掩うべからずと。吾窃かに晏子を議して、夫の人の過に中らず、吾が罪幾からん。丘聞く、君子は人に過ぐれば以て友と為し、人に及ばざれば以て師と為すと。今丘言を夫子に失し、夫子之を譏る、是れ吾が師なり」と。宰我に因りて謝す。然して仲尼之に見ゆ。
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荘子・漁父孔子又た再拝して起ちて曰く、「今者、丘は遇うを得たり。天幸の若く然り。先生は羞じずして之を服役に比し、身ら之を教う。敢えて問う、舎(やど)の在る所を。請う、因りて業を受けて大道を卒(お)え学ばん」と。客曰く、「吾之を聞く、『与に往くべき者は之と与にし、妙道に至る。与に往くべからざる者は、其の道を知らず。慎みて之と与にする勿かれ。身は乃ち咎無し』と。子勉めよ。吾は子を去らん、吾は子を去らん」と。乃ち船を刺して去り、葦の間に延縁す。
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荘子・盗跖孔子聴かず。顔回御と為り、子貢右と為り、往きて盗跖に見ゆ。盗跖乃ち方(まさ)に卒徒を太山の陽に休ませ、人の肝を膾(なます)にして之を餔(くら)う。孔子車を下りて前み、謁者に見えて曰く、「魯人孔丘、将軍の高義を聞き、敬みて謁者に再拝す」と。謁者入りて通ず。盗跖之を聞きて大いに怒る。目は明星の如く、髪は上りて冠を指す。曰く、「此れ夫の魯国の巧偽人(こうぎじん)孔丘に非ずや。我が為に之に告げよ。『爾(なんじ)は言を作り語を造り、妄りに文・武を称す。枝木の冠を冠し、死牛の脅(あばら)を帯とし、多辞繆説(びゅうせつ)、耕さずして食らい、織らずして衣る。唇を揺らし舌を鼓し、擅(ほしいまま)に是非を生じ、以て天下の主を迷わし、天下の学士をして其の本に反らざらしむ。妄りに孝弟を作りて、封侯富貴に儌倖(ぎょうこう)する者なり。子の罪は大にして極めて重し。疾(と)く走りて帰れ。然らずんば、我将に子の肝を以て昼餔(ちゅうほ)の膳に益さんとす』と」。
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