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荘子 / 盗跖

無足曰:「必持其名,苦體絕甘,約養以持生,則亦久病長阨而不死者也。」知和曰:「平為福,有餘為害者,物莫不然,而財其甚者也。今富人耳營鐘鼓筦籥之聲,口嗛於芻豢醪醴之味,以感其意,遺忘其業,可謂亂矣;侅溺於馮氣,若負重行而上也,可謂苦矣;貪財而取慰,貪權而取竭,靜居則溺,體澤則馮,可謂疾矣;為欲富就利,故滿若堵耳而不知避,且馮而不舍,可謂辱矣;財積而無用,服膺而不舍,滿心戚醮,求益而不止,可謂憂矣;內則疑劫請之賊,外則畏寇盜之害,內周樓疏,外不敢獨行,可謂畏矣。此六者,天下之至害也,皆遺忘而不知察,及其患至,求盡性竭財,單以反一日之無故而不可得也。故觀之名則不見,求之利則不得,繚意體而爭此,不亦惑乎!」

新字:無足曰:「必持其名,苦体絶甘,約養以持生,則亦久病長阨而不死者也。」知和曰:「平為福,有余為害者,物莫不然,而財其甚者也。今富人耳営鐘鼓筦籥之声,口嗛於芻豢醪醴之味,以感其意,遺忘其業,可謂乱矣;侅溺於馮気,若負重行而上也,可謂苦矣;貪財而取慰,貪権而取竭,静居則溺,体沢則馮,可謂疾矣;為欲富就利,故満若堵耳而不知避,且馮而不舎,可謂辱矣;財積而無用,服膺而不舎,満心戚醮,求益而不止,可謂憂矣;內則疑劫請之賊,外則畏寇盗之害,內周楼疏,外不敢独行,可謂畏矣。此六者,天下之至害也,皆遺忘而不知察,及其患至,求尽性竭財,単以反一日之無故而不可得也。故観之名則不見,求之利則不得,繚意体而争此,不亦惑乎!」

書き下し

無足曰く、「必ず其の名を持し、体を苦しめ甘を絶ち、養を約して以て生を持せば、則ち亦た久病長阨(ちょうやく)にして死せざる者なり」と。知和曰く、「平を福と為し、余り有るを害と為すは、物として然らざる莫し。而も財は其の甚だしき者なり。今、富人は耳は鐘鼓筦籥(かんやく)の声に営(まど)い、口は芻豢(すうけん)醪醴(ろうれい)の味に嗛(あ)き、以て其の意を感ぜしめ、其の業を遺忘す。乱と謂うべし。侅溺(がいでき)して馮気(ひょうき)し、重きを負いて行きて上るが若し。苦と謂うべし。財を貪りて慰(やすらぎ)を取り、権を貪りて竭(つ)くるを取る。静居すれば則ち溺れ、体沢(うるお)えば則ち馮(ふさ)ぐ。疾と謂うべし。富を欲し利に就かんが為に、故に満つること堵(かき)の若く耳にして避くるを知らず。且つ馮ぎて舎(す)てず。辱と謂うべし。財積みて用うる無く、膺(むね)に服して舎てず。心に満ちて戚醮(せきしょう)し、益を求めて止まらず。憂と謂うべし。内には則ち劫請(きょうせい)の賊を疑い、外には則ち寇盗の害を畏る。内は楼疏(ろうそ)を周(めぐ)らし、外は敢えて独り行かず。畏と謂うべし。此の六者は、天下の至害なり。皆な遺忘して察するを知らず。其の患いの至るに及びて、性を尽くし財を竭くして、単(ひとえ)に以て一日の故(こと)無きに反らんことを求むるも得べからざるなり。故に之を名に観れば則ち見えず、之を利に求むれば則ち得ず。意体(いたい)を繚(みだ)して此を争う。亦た惑わずや」と。

現代語訳

無足は言った。「必ず名声を守り、体を苦しめ、美味を断ち、質素な暮らしで生を保つなら、それは長患いと長い苦しみの中で、死なずにいるだけのことだ」。知和は言った。「平らかであることが福であり、余りがあることが害である。これはあらゆる物についてそうだが、財貨は最もそれが甚だしい。今、富める者は、耳は鐘や太鼓や笛の音に惑わされ、口は肉や酒の味に飽き、それで心を動かされて、本来の務めを忘れてしまう。これを『乱』という。息が詰まって気が塞ぎ、重荷を背負って坂を登るようだ。これを『苦』という。財を貪って安らぎを求め、権力を貪って力尽きる。静かにしていれば溺れ、体が潤えば気が塞ぐ。これを『疾』という。富を欲し利益に走るために、垣根のように富が積み上がっても、避けることを知らない。しかも塞がったまま手放さない。これを『辱』という。財が積もっても使わず、胸に抱えて手放さない。心は満ちているのに憂え焦り、さらに増やそうとして止まらない。これを『憂』という。内では奪い取ろうとする者を疑い、外では盗賊の害を恐れる。屋敷の内には見張り台を巡らせ、外では一人で歩けない。これを『畏』という。この六つは、天下で最も大きな害だ。ところがみな忘れ果てて、気づこうともしない。災いが訪れて初めて、本性を尽くし財を使い果たして、ただ一日でも何事もなかった頃に戻りたいと願うが、もはや叶わない。だから名声を眺めても見えず、利益を求めても得られない。心と体を乱してこれを争う。なんと惑っていることか」。

解説

盗跖篇を締めくくる、富の六つの害を数え上げる一段です。乱(本来の務めを忘れる)、苦(重荷を背負って坂を登る)、疾(静かにしていれば溺れ、潤えば塞がる)、辱(積み上がっても手放せない)、憂(満ちているのに焦る)、畏(内も外も恐れて一人で歩けない)。富める者の内面が、これほど克明に描かれた文章も稀です。そして「災いが訪れて初めて、何事もなかった頃に戻りたいと願うが、もはや叶わない」。

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