荘子 / 盗跖
孔子與柳下季為友。柳下季之弟名曰盜跖。盜跖從卒九千人,橫行天下,侵暴諸侯,穴室樞戶,驅人牛馬,取人婦女,貪得忘親,不顧父母兄弟,不祭先祖。所過之邑,大國守城,小國入保,萬民苦之。
新字:孔子与柳下季為友。柳下季之弟名曰盗跖。盗跖従卒九千人,横行天下,侵暴諸侯,穴室枢戸,駆人牛馬,取人婦女,貪得忘親,不顧父母兄弟,不祭先祖。所過之邑,大国守城,小国入保,万民苦之。
書き下し
孔子は柳下季(りゅうかき)と友と為る。柳下季の弟、名を盗跖(とうせき)と曰う。盗跖は従卒九千人、天下を横行し、諸侯を侵暴す。室を穴(うが)ち戸を枢(こじあ)け、人の牛馬を駆り、人の婦女を取る。得るを貪りて親を忘れ、父母兄弟を顧みず、先祖を祭らず。過ぐる所の邑(むら)、大国は城を守り、小国は保(とりで)に入る。万民之に苦しむ。
現代語訳
孔子は柳下季と友であった。柳下季の弟は、名を盗跖といった。盗跖は九千人の手下を従え、天下を横行し、諸侯を襲って荒らし回った。家に穴を開け、戸をこじ開け、人の牛馬を奪い、人の妻や娘をさらった。奪うことに夢中で肉親を忘れ、父母や兄弟を顧みず、先祖の祭りも行わない。彼が通り過ぎる村では、大国は城を固く守り、小国は砦に立てこもった。人々はみな苦しんだ。
解説
盗跖篇の導入で、悪逆非道な大盗賊が紹介される一段です。九千人の手下を従え、天下を荒らし回る。人の妻や娘をさらい、先祖の祭りもしない。ここまで悪く描かれると、読者は当然、彼が懲らしめられる話だと予想します。ところがこの篇は、まったく逆に進みます。孔子が説教しに行って、完膚なきまでに論破されるのです。この導入の徹底した悪役ぶりが、後の逆転を効かせる仕掛けになっています。
この章句が説くこと
盗跖の紹介悪逆非道逆転への仕掛け決めつけ
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