荘子 / 譲王
剋之,以讓卞隨。卞隨辭曰:「后之伐桀也謀乎我,必以我為賊也;勝桀而讓我,必以我為貪也。吾生乎亂世,而無道之人再來漫我以其辱行,吾不忍數聞也。」乃自投稠水而死。
新字:剋之,以譲卞随。卞随辞曰:「后之伐桀也謀乎我,必以我為賊也;勝桀而譲我,必以我為貪也。吾生乎乱世,而無道之人再来漫我以其辱行,吾不忍数聞也。」乃自投稠水而死。
書き下し
之に剋(か)ち、以て卞随に譲る。卞随辞して曰く、「后の桀を伐つや、我に謀る。必ず我を以て賊と為すなり。桀に勝ちて我に譲る。必ず我を以て貪と為すなり。吾は乱世に生まれて、無道の人再び来たりて我を漫(けが)すに其の辱行を以てす。吾は数(しばしば)聞くに忍びざるなり」と。乃ち自ら稠水(ちゅうすい)に投じて死す。
現代語訳
湯王は桀に勝ち、その位を卞随に譲ろうとした。卞随は辞退して言った。「あなたが桀を討とうとした時、私に相談した。それは、私を人殺しの仲間と見なしたということだ。桀に勝って私に位を譲ろうとする。それは、私を欲深い人間と見なしたということだ。私は乱世に生まれ、道を知らぬ人が二度もやって来て、その汚らわしい行いで私を汚そうとする。私は、これ以上何度も聞くに堪えない」。そして自ら稠水に身を投げて死んだ。
解説
相談されたこと自体が侮辱だ、と言い切る一段です。「討伐を相談した」ということは、私が人殺しに関わる人間だと思われたということだ。「位を譲ろうとした」ということは、私が欲深い人間だと思われたということだ。どちらも、自分を見誤られている。しかも二度も。この論理は極端ですが、筋が通っています。人に何かを持ちかけること自体が、その人をどう見ているかの表明になる。そのことに、私たちは無自覚です。