荘子 / 譲王
中山公子牟謂瞻子曰:「身在江海之上,心居乎魏闕之下,奈何?」瞻子曰:「重生。重生則利輕。」中山公子牟曰:「雖知之,未能自勝也。」瞻子曰:「不能自勝則從,神無惡乎?不能自勝而強不從者,此之謂重傷。重傷之人,無壽類矣。」魏牟,萬乘之公子也,其隱巖穴也,難為於布衣之士,雖未至乎道,可謂有其意矣。
新字:中山公子牟謂瞻子曰:「身在江海之上,心居乎魏闕之下,奈何?」瞻子曰:「重生。重生則利軽。」中山公子牟曰:「雖知之,未能自勝也。」瞻子曰:「不能自勝則従,神無悪乎?不能自勝而強不従者,此之謂重傷。重傷之人,無寿類矣。」魏牟,万乗之公子也,其隠巖穴也,難為於布衣之士,雖未至乎道,可謂有其意矣。
書き下し
中山の公子牟(こうしぼう)瞻子(せんし)に謂いて曰く、「身は江海の上に在り、心は魏闕(ぎけつ)の下に居る。奈何(いかん)せん」と。瞻子曰く、「生を重んぜよ。生を重んずれば則ち利軽し」と。中山の公子牟曰く、「之を知ると雖も、未だ自ら勝つ能わず」と。瞻子曰く、「自ら勝つ能わずんば則ち従え。神に悪(にく)むこと無からんか。自ら勝つ能わずして強いて従わざる者、此を之れ重傷と謂う。重傷の人は、寿類(じゅるい)無し」と。魏牟は、万乗の公子なり。其の巌穴に隠るるや、布衣の士より為し難し。未だ道に至らずと雖も、其の意有りと謂うべし。
現代語訳
中山の公子牟が瞻子に言った。「体は川や海のほとりにありながら、心は宮廷の門の下にある。どうすればよいでしょうか」。瞻子は言った。「生を重んじなさい。生を重んじれば、利は軽くなります」。公子牟は言った。「それは分かっていますが、自分に打ち勝てないのです」。瞻子は言った。「自分に打ち勝てないなら、心の欲するままに従いなさい。そうすれば精神が憎み合うこともないでしょう。自分に打ち勝てないのに、無理に従わない者。これを『二重に傷つく』といいます。二重に傷ついた人は、長生きできません」。魏牟は万乗の国の公子である。彼が岩穴に隠れるのは、庶民の士よりも難しいことだ。まだ道には至っていないが、その志はあると言うべきだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・審爲④中山の公子牟、詹子に謂いて曰く、「身は江海の上に在り、心は魏闕の下に居る。奈何にすべき。」詹子曰く、「生を重んぜよ。生を重んずれば則ち利を輕んず。」中山の公子牟曰く、「之を知ると雖も、猶ほ自ら勝うること能わざるなり。」詹子曰く、「自ら勝うること能わざれば、則ち之を縱て。神も惡むこと無からん。自ら勝うること能わずして、強いて縱たざる者は、此を之れ重ねて傷うと謂う。重ねて傷うの人は、壽類無し。」
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『淮南子』道應訓中山公子牟 詹子に謂いて曰く、「身は江海の上に處るも、心は魏闕の下に在り。之を爲すこと奈何」と。詹子曰く、「生を重んぜよ。生を重んずれば則ち利を輕んず」と。中山公子牟曰く、「之を知ると雖も、猶お自ら勝つ能わず」と。詹子曰く、「自ら勝つ能わずんば、則ち之に從え。之に從えば、神 怨む無からん。自ら勝つ能わずして強いて從わざる者は、此れを之れ重傷と謂う。重傷の人は、壽なる類無し」と。故に老子曰く、「和を知るを常と曰い、常を知るを明と曰う。生を益すを祥と曰い、心 氣を使うを強と曰う」と。是の故に「其の光を用い、其の明に復歸するなり」と。
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荘子・譲王韓・魏相与に地を争い侵す。子華子(しかし)昭僖侯(しょうきこう)に見ゆ。昭僖侯憂色有り。子華子曰く、「今、天下をして銘を君の前に書かしむ。之に書す言に曰く、『左手もて之を攫(つか)まば則ち右手廃せられ、右手もて之を攫まば則ち左手廃せらる。然り而して之を攫む者は必ず天下を有つ』と。君は能く之を攫まんか」と。昭僖侯曰く、「寡人は攫まざるなり」と。子華子曰く、「甚だ善し。是より之を観れば、両臂(りょうひ)は天下より重きなり。身も亦た両臂より重し。韓の天下より軽きこと亦た遠し。今の争う所の者は、其の韓より軽きこと又た遠し。君は固より身を愁え生を傷りて以て得ざるを憂戚(ゆうせき)す」と。僖侯曰く、「善いかな。寡人を教うる者は衆(おお)し。未だ嘗て此の言を聞くを得ざるなり」と。子華子は軽重を知ると謂うべし。
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荘子・徐無鬼徐無鬼(じょむき)女商(じょしょう)に因りて魏の武侯に見(まみ)ゆ。武侯之を労(ねぎら)いて曰く、「先生病めり。山林の労に苦しむ。故に乃ち肯(あ)えて寡人に見ゆるか」と。徐無鬼曰く、「我は則ち君を労わらん。君は何ぞ我を労わること有らんや。君将に耆欲(しよく)を盈(み)たし、好悪を長ぜんとせば、則ち性命の情病まん。君将に耆欲を黜(しりぞ)け、好悪を掔(す)てんとせば、則ち耳目病まん。我は将に君を労わらんとす。君は何ぞ我を労わること有らんや」と。武侯超然として対えず。
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