荘子 / 譲王
孔子謂顏回曰:「回來!家貧居卑,胡不仕乎?」顏回對曰:「不願仕。回有郭外之田五十畝,足以給饘粥;郭內之田十畝,足以為絲麻;鼓琴足以自娛;所學夫子之道者足以自樂也。回不願仕。」孔子愀然變容曰:「善哉回之意!丘聞之:『知足者不以利自累也,審自得者失之而不懼,行修於內者無位而不怍。』丘誦之久矣,今於回而後見之,是丘之得也。」
新字:孔子謂顔回曰:「回来!家貧居卑,胡不仕乎?」顔回対曰:「不願仕。回有郭外之田五十畝,足以給饘粥;郭内之田十畝,足以為糸麻;鼓琴足以自娯;所学夫子之道者足以自楽也。回不願仕。」孔子愀然変容曰:「善哉回之意!丘聞之:『知足者不以利自累也,審自得者失之而不懼,行修於内者無位而不怍。』丘誦之久矣,今於回而後見之,是丘之得也。」
書き下し
孔子顔回に謂いて曰く、「回来たれ。家貧しく居は卑し。胡(なん)ぞ仕えざるか」と。顔回対えて曰く、「仕うるを願わず。回に郭外の田五十畝有り、以て饘粥(せんしゅく)を給するに足る。郭内の田十畝有り、以て糸麻を為すに足る。琴を鼓すれば以て自ら娯(たの)しむに足る。夫子に学ぶ所の道は、以て自ら楽しむに足る。回は仕うるを願わず」と。孔子愀然(しゅうぜん)として容を変じて曰く、「善いかな回の意。丘之を聞く、『足るを知る者は利を以て自ら累(わずら)わさず。自得を審らかにする者は之を失うも懼れず。内に行を修むる者は位無くして怍(は)じず』と。丘は之を誦すること久し。今、回に於いて而る後に之を見る。是れ丘の得たるなり」と。
現代語訳
孔子が顔回に言った。「回よ、来なさい。家は貧しく、住まいも粗末だ。どうして仕官しないのか」。顔回は答えた。「仕官したいとは思いません。私には町の外に五十畝の田があり、粥をすするには十分です。町の中に十畝の畑があり、糸や麻を作るには十分です。琴を弾けば、自分を楽しませるには十分です。先生から学んだ道は、自分を喜ばせるには十分です。私は仕官したいとは思いません」。孔子は表情を改めて言った。「見事だな、回の考えは。私はこう聞いている。『足るを知る者は、利によって自分を煩わさない。自ら満ち足りていることを弁えた者は、それを失っても恐れない。内面を修めた者は、地位がなくても恥じない』と。私はこの言葉を長いこと唱えてきた。今、回においてそれを実際に見た。これは私の収穫だ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
易経・豫卦周易 第十六卦。坤下震上。易経。豫は、侯を建て師を行るに利ろし。初六、豫を鳴らす、凶。六二、介きこと石の于し、日を終えず、貞にして吉。六三、盱りて豫しむ、悔ゆ。遅ければ悔い有り。九四、由りて豫しむ、大いに得る有り。疑う勿かれ、朋盍ぞ簪まらざらん。六五、貞にして疾む、恒に死せず。上六、豫に冥し、成るも渝わる有り、咎无し。彖に曰く、
-
史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
-
『文武訓』文訓上之末一人は只、わが身をかへりみて、わが身のさかしおろかなると、才あるとつたなきとのほどを知りて、つねに人にへりくだり、わが身にほこるべからず。才智ありてもなくしても、わが身にほこりたかぶり、人をこのんで見くだし、又そしるは罪ふかし。いとおろかなりといふべし。
-
『慎思録』巻之六白楽天の詩に曰く、得る所皆望みに過ぐ、躬を省みれば良に愧づべしと。白氏は誠に是れ英才善行の人にして、其の言ふ所此くの如し。況んや吾才行無く、人に逮ばざること遠きをや。得る所望外に逾ゆと謂ふべし。韓非の人と為りや、口吃にして道説すること能はずして、善く書を著す。韓文公曰く、当世を化するは言に如くは莫く、来世を化するは書に如くは莫しと。篤信謂ふ、余口吃ならずと雖も、言詞拙陋にして、義理を道説すること能はず。且つ作文庸拙にして、書を著して人に示すこと能はず。蓋し言を出だし書を著すこと、両つながら之を失ふ。何を以て人を化することを得んや。唯だ自ら楽しむを以て事と為すのみ。
-
『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、今時の人すべを知らす、餓鬼畜生をさへ離れすして、二乗見解と云つて声聞縁覚をそしる人あり、あまり土な事なり。人は知らず、我は餓鬼畜生を離れす、誰ほしと云はば、おれほしと云はんずと也。因に人問ふ、日本諸宗の大師先徳に、古は大修行底の人有りや。師曰、知らぬ事なり、残されたる法語等を以て見れば、経文語録の格を以て書示されたると見えたり。実に修行强き人有りとも見えすと也。
-
説苑・雜言孔子曰く、「富貴を以て人の下と為る者は、何人か与せざらん。富貴を以て人を敬愛する者は、何人か親しまざらん。衆言逆らわざるは、言を知ると謂う可し。衆之に嚮うは、時を知ると謂う可し」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る