荘子 / 譲王
曾子居衛,縕袍無表,顏色腫噲,手足胼胝。三日不舉火,十年不製衣,正冠而纓絕,捉衿而肘見,納履而踵決。曳縰而歌商頌,聲滿天地,若出金石。天子不得臣,諸侯不得友。故養志者忘形,養形者忘利,致道者忘心矣。
新字:曽子居衛,縕袍無表,顔色腫噲,手足胼胝。三日不舉火,十年不製衣,正冠而纓絶,捉衿而肘見,納履而踵決。曳縰而歌商頌,声満天地,若出金石。天子不得臣,諸侯不得友。故養志者忘形,養形者忘利,致道者忘心矣。
書き下し
曾子衛に居る。縕袍(うんぽう)表無く、顔色は腫噲(しゅかい)し、手足は胼胝(へんち)す。三日火を挙げず、十年衣を製せず。冠を正せば纓(えい)絶え、衿(えり)を捉(と)れば肘見(あら)われ、履(くつ)を納(い)るれば踵(かかと)決(さ)く。縰(し)を曳(ひ)きて商頌(しょうしょう)を歌えば、声は天地に満ち、金石より出づるが若し。天子も臣とするを得ず、諸侯も友とするを得ず。故に志を養う者は形を忘れ、形を養う者は利を忘れ、道を致す者は心を忘る。
現代語訳
曾子は衛に住んでいた。綿入れの上着には表地もなく、顔はむくみ、手足はあかぎれだらけだった。三日も火を使わず、十年も新しい服を作らなかった。冠をきちんとかぶろうとすれば紐が切れ、襟を掴めば肘が出て、履物を履けばかかとが破れる。それでも履物を引きずりながら『商頌』を歌えば、その声は天地に満ち、鐘や石の楽器から出るようだった。天子も彼を臣下にできず、諸侯も彼を友にできなかった。だから志を養う者は身なりを忘れ、身なりを養う者は利益を忘れ、道を極める者は心すら忘れる。
解説
襟を掴めば肘が出る、履物を履けばかかとが破れる。極貧の描写が具体的な一段です。それでも歌えば、声は天地に満ちる。そして「天子も彼を臣下にできず、諸侯も彼を友にできなかった」。誰も彼を手に入れられないのです。貧しいから力がないのではありません。むしろ、失うものがないから、誰にも縛られない。最後の三段階が美しい。志を養えば身なりを忘れ、身なりを養えば利を忘れ、道を極めれば心すら忘れる。段階が上がるほど、手放すものが増えていきます。
この章句が説くこと
曽子居衛失うものがないから縛られない養志者忘形手放す段階志
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