荘子 / 譲王
魯君聞顏闔得道之人也,使人以幣先焉。顏闔守陋閭,苴布之衣而自飯牛。魯君之使者至,顏闔自對之。使者曰:「此顏闔之家與?」顏闔對曰:「此闔之家也。」使者致幣,顏闔曰:「恐聽者謬而遺使者罪,不若審之。」使者還,反審之,復來求之,則不得已。故若顏闔者,真惡富貴也。
新字:魯君聞顔闔得道之人也,使人以幣先焉。顔闔守陋閭,苴布之衣而自飯牛。魯君之使者至,顔闔自対之。使者曰:「此顔闔之家与?」顔闔対曰:「此闔之家也。」使者致幣,顔闔曰:「恐聴者謬而遺使者罪,不若審之。」使者還,反審之,復来求之,則不得已。故若顔闔者,真悪富貴也。
書き下し
魯君、顔闔(がんこう)の道を得たる人なるを聞き、人をして幣(へい)を以て先んぜしむ。顔闔は陋閭(ろうりょ)を守り、苴布(そふ)の衣にして自ら牛に飯(か)う。魯君の使者至る。顔闔自ら之に対す。使者曰く、「此れ顔闔の家か」と。顔闔対えて曰く、「此れ闔の家なり」と。使者幣を致す。顔闔曰く、「恐らくは聴く者謬(あやま)りて使者に罪を遺(のこ)さん。之を審(つまび)らかにするに若かず」と。使者還り、反りて之を審らかにす。復た来たりて之を求むるも、則ち得ざるなり。故に顔闔の若き者は、真に富貴を悪(にく)むなり。
現代語訳
魯の君主が、顔闔は道を得た人物だと聞いて、使者に贈り物を持たせて先に行かせた。顔闔はみすぼらしい路地に住み、粗末な麻の服を着て、自分で牛に餌をやっていた。魯君の使者が着くと、顔闔自身が応対した。使者は「ここが顔闔の家ですか」と尋ねた。顔闔は「ここが闔の家です」と答えた。使者が贈り物を差し出すと、顔闔は言った。「聞き違いがあって、使者の方に罪が及んでは大変です。もう一度確かめてこられたほうがよいでしょう」。使者は戻って確かめ、再びやって来て顔闔を探したが、もういなかった。だから顔闔のような人こそ、本当に富貴を嫌っているのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・貴生④魯君、顏闔が得道の人なるを聞くや、人をして幣を以て先だたしむ。顏闔、閭を守り、鹿布の衣にして、自ら牛を飯う。魯君の使者至る。顏闔自ら之に對う。使者曰く、「此れ顏闔の家か。」顏闔對えて曰く、「此れ闔の家なり。」使者、幣を致す。顏闔對えて曰く、「聽くこと繆りて、使者に罪を遺さんことを恐る。之を審らかにするに若かず。」使者還反りて之を審らかにし、復た來たりて之を求むれば、則ち得ざるのみ。故に顏闔の若き者は、富貴を惡むに非ざるなり。生を重んずるに由りて之を惡むなり。世の人主は、多く富貴を以て得道の人に驕る。其の相知らざること、豈に悲しからずや。
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荘子・人間世顔闔(がんこう)将に衛の霊公の大子(たいし)に傅(ふ)たらんとし、蘧伯玉(きょはくぎょく)に問いて曰く、「此に人有り、其の徳は天殺(てんさつ)なり。之と与(とも)に方(のり)無きを為さば、則ち吾が国を危うくす。之と与に方有るを為さば、則ち吾が身を危うくす。其の知は適(まさ)に人の過ちを知るに足るも、而も其の過つ所以を知らず。是(かく)の若き者、吾之を奈何(いかん)せん」と。蘧伯玉曰く、「善いかな問いや。之を戒め之を慎み、汝の身を正しくせよ。形は就(つ)くに若くは莫く、心は和するに若くは莫し。然りと雖も、之の二者に患い有り。就くも入るを欲せず、和するも出づるを欲せず。形就きて入らば、且に顛(くつがえ)り滅と為り、崩れ蹶(たお)れんとす。心和して出づれば、且に声と為り名と為り、妖と為り孽(わざわい)と為らんとす。彼且に嬰児を為さんとせば、亦た之と与に嬰児を為せ。彼且に町畦(ちょうけい)無きを為さんとせば、亦た之と与に町畦無きを為せ。彼且に崖(がい)無きを為さんとせば、亦た之と与に崖無きを為せ。之を達して、疵(きず)無きに入らしめよ。汝は夫の螳蜋(とうろう)を知らざるか。其の臂(うで)を怒らして以て車轍(しゃてつ)に当たり、其の任に勝えざるを知らず。是れ其の才の美なる者なり。之を戒め之を慎め。而(なんじ)の美を積み伐(ほこ)りて以て之を犯さば、幾(あや)うし。汝は夫の虎を養う者を知らざるか。敢えて生物を以て之に与えず、其の之を殺すの怒を為せばなり。敢えて全物を以て之に与えず、其の之を決(さ)くの怒を為せばなり。其の飢飽(きほう)を時にし、其の怒心に達す。虎の人と類を異にして己を養う者に媚(こ)ぶるは、順なればなり。故に其の殺す者は、逆なればなり。夫れ馬を愛する者は、筐(かご)を以て矢(くそ)を盛り、蜄(はまぐり)を以て溺(にょう)を盛る。適(たまた)ま蚉虻(ぶんぼう)の僕縁(ぼくえん)する有りて、之を拊(う)つこと時ならざれば、則ち銜(くつわ)を缺(か)き首を毀(やぶ)り胸を砕く。意(こころ)に至る所有りて、愛に亡(うしな)う所有り。慎まざるべけんや」と。
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荘子・譲王孔子顔回に謂いて曰く、「回来たれ。家貧しく居は卑し。胡(なん)ぞ仕えざるか」と。顔回対えて曰く、「仕うるを願わず。回に郭外の田五十畝有り、以て饘粥(せんしゅく)を給するに足る。郭内の田十畝有り、以て糸麻を為すに足る。琴を鼓すれば以て自ら娯(たの)しむに足る。夫子に学ぶ所の道は、以て自ら楽しむに足る。回は仕うるを願わず」と。孔子愀然(しゅうぜん)として容を変じて曰く、「善いかな回の意。丘之を聞く、『足るを知る者は利を以て自ら累(わずら)わさず。自得を審らかにする者は之を失うも懼れず。内に行を修むる者は位無くして怍(は)じず』と。丘は之を誦すること久し。今、回に於いて而る後に之を見る。是れ丘の得たるなり」と。
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荘子・譲王子列子窮す。容貌に飢色有り。客に之を鄭の子陽(しよう)に言う者有りて曰く、「列御寇は、蓋(けだ)し有道の士なり。君の国に居りて窮す。君乃ち士を好まずと為すこと無からんや」と。鄭の子陽即ち官に令して之に粟を遺(おく)らしむ。子列子使者を見て、再拝して辞す。使者去る。子列子入る。其の妻之を望みて心を拊(う)ちて曰く、「妾聞く、有道者の妻子と為れば、皆な佚楽(いつらく)を得と。今、飢色有り。君過(あやま)ちて先生に食を遺る。先生受けず。豈に命ならずや」と。子列子笑いて之に謂いて曰く、「君は自ら我を知るに非ざるなり。人の言を以て我に粟を遺る。其の我を罪するに至るや、又た且つ人の言を以てせん。此れ吾の受けざる所以なり」と。其の卒(つい)に、民果たして難を作(な)して子陽を殺す。
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荘子・田子方荘子魯の哀公に見ゆ。哀公曰く、「魯には儒士多く、先生の方(みち)を為す者少なし」と。荘子曰く、「魯には儒少なし」と。哀公曰く、「魯国を挙げて儒服す。何ぞ少なしと謂うか」と。荘子曰く、「周之を聞く。儒者の圜冠(えんかん)を冠する者は、天時を知る。句屨(くく)を履(は)く者は、地形を知る。緩佩(かんぱい)玦(けつ)する者は、事至れば断ず、と。君子の其の道有る者は、未だ必ずしも其の服を為さず。其の服を為す者は、未だ必ずしも其の道を知らず。公固(まこと)に以て然らずと為さば、何ぞ国中に号して『此の道無くして此の服を為す者は、其の罪死せん』と曰わざる」と。是に於いて哀公之を号すること五日。而して魯国に敢えて儒服する者無し。独り一丈夫の儒服して公の門に立つ者有り。公即ち召して問うに国事を以てす。千転万変して窮まらず。荘子曰く、「魯国を以てして儒なる者は一人のみ。多しと謂うべけんや」と。
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説苑・臣術晏子朝す、敝車に乗り駑馬に駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか、何ぞ乗ること任えざるの甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼りて、以て三族及び国の交遊を寿からしめ皆生を得しむ。臣暖衣飽食を得、敝車駑馬、以て其の身を奉ずるは、臣に於いて足れり」と。晏子出づ。公梁丘拠をして輅車乗馬を遺らしむ。三たび返して受けず。公悦ばず、趣ぎて晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦た乗らじ」と。晏子対えて曰く、「君臣をして百官の吏に臨ましめ、其の衣服飲食の養を節して、以て斉国の人に先んぜしむ。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざらんことを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦た之に下に乗らば、民の義無くして、其の衣食を侈にして其の行いを顧みざる者は、臣以て之を禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
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