荘子 / 外物
演門有親死者,以善毀,爵為官師,其黨人毀而死者半。堯與許由天下,許由逃之;湯與務光天下,務光怒之。紀他聞之,帥弟子而踆於窾水,諸侯弔之三年,申徒狄因以踣河。
新字:演門有親死者,以善毀,爵為官師,其党人毀而死者半。堯与許由天下,許由逃之;湯与務光天下,務光怒之。紀他聞之,帥弟子而踆於窾水,諸侯弔之三年,申徒狄因以踣河。
書き下し
演門(えんもん)に親の死する者有り。善く毀(き)するを以て、爵せられて官師と為る。其の党人の毀して死する者半ばなり。堯は許由に天下を与うるも、許由之を逃る。湯は務光(むこう)に天下を与うるも、務光之を怒る。紀他(きた)之を聞き、弟子を帥(ひき)いて窾水(かんすい)に踆(うずくま)る。諸侯之を弔うこと三年。申徒狄(しんとてき)因りて以て河に踣(たお)る。
現代語訳
宋の演門に、親を亡くした者がいた。悲しみのあまり痩せ衰えたので、その孝行ぶりを讃えられ、官職に取り立てられた。すると同じ町の者たちも真似をして、痩せ衰えて死んだ者が半数に及んだ。堯が許由に天下を譲ろうとすると、許由は逃げた。湯王が務光に天下を譲ろうとすると、務光は怒った。紀他はそれを聞いて、弟子を率いて窾水のほとりに引きこもった。諸侯は三年間、彼を弔問し続けた。申徒狄はそれを見て、河に身を投げて死んだ。
解説
痩せ衰えるほど悲しんだ者が出世したので、町の半数が真似をして死んだ。この一段の残酷さは際立っています。誠実な悲しみが評価された瞬間、それは出世の手段になり、演技が始まります。そして人が死ぬ。後半も同じ構図で、天下を辞退した者が讃えられると、辞退の真似が連鎖し、ついには身投げする者まで出ます。称賛は、必ず模倣を生みます。そして模倣は、しばしば本質を失って形だけになるのです。
この章句が説くこと
以善毀爵為官師称賛が演技を生む模倣の連鎖本質の喪失思いやり
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