荘子 / 外物
目徹為明,耳徹為聰,鼻徹為顫,口徹為甘,心徹為知,知徹為德。凡道不欲壅,壅則哽,哽而不止則跈,跈則眾害生。物之有知者恃息,其不殷,非天之罪。天之穿之,日夜無降,人則顧塞其竇。胞有重閬,心有天遊。室無空虛,則婦姑勃谿;心無天遊,則六鑿相攘。大林丘山之善於人也,亦神者不勝。
新字:目徹為明,耳徹為聰,鼻徹為顫,口徹為甘,心徹為知,知徹為徳。凡道不欲壅,壅則哽,哽而不止則跈,跈則衆害生。物之有知者恃息,其不殷,非天之罪。天之穿之,日夜無降,人則顧塞其竇。胞有重閬,心有天遊。室無空虚,則婦姑勃谿;心無天遊,則六鑿相攘。大林丘山之善於人也,亦神者不勝。
書き下し
目徹すれば明と為り、耳徹すれば聡と為り、鼻徹すれば顫(せん)と為り、口徹すれば甘と為り、心徹すれば知と為り、知徹すれば徳と為る。凡そ道は壅(ふさ)がるるを欲せず。壅がるれば則ち哽(つか)え、哽えて止まざれば則ち跈(もつ)れ、跈るれば則ち衆害生ず。物の知有る者は息(いき)を恃(たの)む。其の殷(さか)んならざるは、天の罪に非ず。天の之を穿(うが)つや、日夜降(や)むこと無し。人は則ち顧(かえ)って其の竇(あな)を塞ぐ。胞(はら)に重閬(ちょうろう)有り、心に天遊有り。室に空虚無ければ、則ち婦姑(ふこ)勃谿(ぼっけい)す。心に天遊無ければ、則ち六鑿(りくさく)相攘(あいはら)う。大林丘山の人に善き所以は、亦た神なる者の勝えざればなり。
現代語訳
目が通れば明となり、耳が通れば聡となり、鼻が通れば嗅覚となり、口が通れば味覚となり、心が通れば知となり、知が通れば徳となる。およそ道は、塞がれることを嫌う。塞がれば詰まり、詰まったままにすれば絡まり、絡まればあらゆる害が生まれる。知覚を持つものは、呼吸を頼りにしている。その働きが盛んでないのは、天のせいではない。天が穴を穿つ働きは、昼も夜も休むことがない。ところが人のほうが、その穴を塞いでしまうのだ。腹には空洞があり、心には天に遊ぶ余地がある。部屋に空きがなければ、嫁と姑がいがみ合う。心に天に遊ぶ余地がなければ、六つの感覚が互いに奪い合う。大きな林や丘や山が人に良いのは、精神がそれに耐えきれないほど詰まっているからだ。
解説
この章句が説くこと
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文子・九守夫れ血気は人の華なり、五蔵は人の精なり。血気内に専らにして外に越えざれば、則ち胸腹充ちて嗜欲寡なし。嗜欲寡なければ則ち耳目清くして聴視聡達なり。聴視聡達なるを之を明と謂う。五蔵能く心に属して離れざれば、則ち気意勝ちて行僻まず、精神盛んにして気散ぜず。以て聴けば聞かざる無く、以て視れば見ざる無く、以て為せば成らざる無し。患禍入る由無く、哀気襲う能わず。故に求むる所多き者は得る所少なく、見る所大なる者は知る所小なり。夫れ孔竅は精神の戸牖、血気は五蔵の使候なり。故に耳目声色に淫すれば、即ち五蔵動揺して定まらず、血気滔蕩として休まず、精神馳騁して守らず。禍福の至ること丘山の如しと雖も、之を識る由無し。故に聖人は愛して越えず。聖人誠に耳目をして精明玄達ならしめ、誘慕する所無く、意気清静を失わずして嗜欲少なければ、五蔵便ち寧く、精神内に形骸を守りて越えず。即ち往世の外を観、来事の内を観れば、禍福の間何ぞ見るに足らん。故に其の出づること彌いよ遠き者は、其の知ること彌いよ少なし。
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『淮南子』精神訓夫れ孔竅なる者は、精神の戶牖なり。而して氣志なる者は、五藏の使候なり。耳目 聲色の樂に淫すれば、則ち五藏搖動して定まらず。五藏搖動して定まらざれば、則ち血氣滔蕩として休まず。血氣滔蕩として休まざれば、則ち精神 外に馳騁して守らず。精神 外に馳騁して守らざれば、則ち禍福の至ること、丘山のごとしと雖も、之を識るに由無し。耳目をして精明玄達にして誘慕無く、氣志をして虛靜恬愉にして嗜欲を省き、五藏をして定寧充盈にして泄れず、精神をして內に形骸を守りて外に越えざらしむれば、則ち往世の前を望み、來事の後を視るも、猶お未だ為すに足らず。豈に直だ禍福の間のみならんや。故に曰く、其の出づること彌々遠き者は、其の知ること彌々少なし、と。精神の外に淫せしむ可からざるを言うなり。是の故に五色は目を亂して、目をして明ならざらしめ、五聲は耳を嘩がして、耳をして聰ならざらしめ、五味は口を亂して、口をして爽傷せしめ、趣舍は心を滑らして、行をして飛揚せしむ。此の四者は、天下の性を養う所なり。然れども皆な人の累なり。故に曰く、嗜欲なる者は、人の氣をして越えしめ、好憎なる者は、人の心をして勞せしむ。疾やかに去らざれば、則ち志氣日々に耗る、と。
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