荘子 / 外物
任公子為大鉤巨緇,五十犗以為餌,蹲乎會稽,投竿東海,旦旦而釣,期年不得魚。已而大魚食之,牽巨鉤錎沒而下,騖揚而奮鬐,白波若山,海水震蕩,聲侔鬼神,憚赫千里。任公子得若魚,離而腊之,自制河以東,蒼梧以北,莫不厭若魚者。
新字:任公子為大鉤巨緇,五十犗以為餌,蹲乎会稽,投竿東海,旦旦而釣,期年不得魚。已而大魚食之,牽巨鉤錎没而下,騖揚而奮鬐,白波若山,海水震蕩,声侔鬼神,憚赫千里。任公子得若魚,離而腊之,自制河以東,蒼梧以北,莫不厭若魚者。
書き下し
任公子(じんこうし)大鉤巨緇(きょし)を為(つく)り、五十犗(かい)以て餌と為し、会稽に蹲(うずくま)り、竿を東海に投じ、旦旦(たんたん)として釣る。期年(きねん)にして魚を得ず。已(すで)にして大魚之を食らい、巨鉤を牽きて錎没(かんぼつ)して下り、騖揚(ぶよう)して鬐(ひれ)を奮う。白波は山の若く、海水震蕩(しんとう)し、声は鬼神に侔(ひと)しく、憚赫(たんかく)たること千里。任公子は若(かく)の若き魚を得、離ちて之を腊(ほじし)にす。制河より以東、蒼梧より以北、若の若き魚に厭(あ)かざる者莫し。
現代語訳
任公子は、巨大な釣り針と太い黒縄を作り、五十頭の去勢牛を餌にして、会稽山にうずくまり、竿を東海に投げ入れ、来る日も来る日も釣り続けた。一年たっても、魚は一匹もかからなかった。ところがついに大魚が餌に食いつき、巨大な針を引いて海底深く沈み、暴れ回って鰭を振るった。白波は山のように立ち、海水は激しく揺れ動き、その声は鬼神のようで、千里四方を震え上がらせた。任公子はこの魚を釣り上げ、切り分けて干し肉にした。制河より東、蒼梧より北の人々で、この魚を食べ飽きなかった者はいなかった。
解説
五十頭の牛を餌にして、一年間かけて一匹の巨大魚を釣る。この途方もない話が印象的な一段です。一年間、まったく釣れませんでした。普通なら、とうに諦めています。しかし彼は待ち続けた。そして釣り上げた魚は、広大な地域の人々を食べ飽きさせるほどの大きさでした。大きなものを得ようとするなら、それに見合った仕掛けと、それに見合った時間が要る。小さな餌で大魚は釣れず、待てない人には大魚は来ません。
この章句が説くこと
任公子の大魚五十犗の餌待つ時間仕掛けの大きさ
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