荘子 / 則陽
容成氏曰:「除日無歲,無內無外。」
新字:容成氏曰:「除日無歳,無内無外。」
書き下し
容成氏曰く、「日を除けば歳無し。内無く外無し」と。
現代語訳
容成氏は言った。「一日一日を取り除いてしまえば、一年というものはない。内もなく、外もない」。
解説
たった一行の、しかし深い一段です。一年とは、三百六十五の日々の積み重ねにすぎません。日を取り除けば、年は消えます。つまり「一年」という実体はないのです。あるのは今日だけ。私たちは「今年こそは」「来年から」と、年という単位で考えます。しかし年は存在しません。存在するのは、今日という一日だけです。そして「内もなく外もない」。境目もまた、私たちが引いたものにすぎないのです。
この章句が説くこと
除日無歳年は存在しない今日だけがある境目は引いたもの
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