荘子 / 則陽
湯得其司御門尹登恆為之傅之,從師而不囿,得其隨成;為之司其名之名,嬴法得其兩見。仲尼之盡慮,為之傅之。
新字:湯得其司御門尹登恒為之傅之,従師而不囿,得其随成;為之司其名之名,嬴法得其両見。仲尼之尽慮,為之傅之。
書き下し
湯は其の司御門尹登恒(しぎょもんいんとうこう)を得て之が傅(ふ)と為す。師に従いて囿(かこ)われず、其の随成を得たり。之が為に其の名の名を司る。嬴法(えいほう)は其の両見を得たり。仲尼の慮を尽くすは、之が為に之に傅たるなり。
現代語訳
湯王は、司御の門尹登恒を得て、彼を師とした。師に従いながらも、その枠に囲われることなく、成り行きに従う道を得た。そのために、名の名を司らせた。余分な法は、両面が見えるようにした。孔子が思慮を尽くしたのも、そのために弟子を導いたのだ。
解説
「師に従いながらも、その枠に囲われることなく」。この一句が要点の一段です。師について学ぶ。しかし、その師の枠に閉じ込められない。これは実に難しいことです。師を尊敬すれば、その考え方が自分の枠になります。批判すれば、学びは浅くなる。従いながら、囲われない。この微妙な距離が、本当の学びを可能にします。前段の「暖姝(一人の師で満足する者)」と、ちょうど対になっています。
この章句が説くこと
従師而不囿師の枠に閉じない学びの距離囲われない師弟
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