荘子 / 徐無鬼
故足之於地也踐,雖踐,恃其所不蹍而後善博也;人之於知也少,雖少,恃其所不知而後知天之所謂也。知大一,知大陰,知大目,知大均,知大方,知大信,知大定,至矣。大一通之,大陰解之,大目視之,大均緣之,大方體之,大信稽之,大定持之。
新字:故足之於地也践,雖践,恃其所不蹍而後善博也;人之於知也少,雖少,恃其所不知而後知天之所謂也。知大一,知大陰,知大目,知大均,知大方,知大信,知大定,至矣。大一通之,大陰解之,大目視之,大均縁之,大方体之,大信稽之,大定持之。
書き下し
故に足の地に於けるや践(ふ)む。践むと雖も、其の蹍(ふ)まざる所を恃(たの)みて而る後に善く博(ひろ)し。人の知に於けるや少なし。少なしと雖も、其の知らざる所を恃みて而る後に天の謂う所を知る。大一を知り、大陰を知り、大目を知り、大均を知り、大方を知り、大信を知り、大定を知る、至れり。大一は之を通じ、大陰は之を解し、大目は之を視、大均は之に縁り、大方は之を体し、大信は之を稽(かんが)え、大定は之を持す。
現代語訳
足が地面に触れているのは、ほんの一点だ。それでも、踏んでいない広大な地面があるからこそ、遠くまで歩ける。人が知っていることは、ごくわずかだ。それでも、知らない領域があるからこそ、天の言うところを知ることができる。大いなる一を知り、大いなる陰を知り、大いなる目を知り、大いなる均衡を知り、大いなる方角を知り、大いなる信を知り、大いなる安定を知る。それが極みだ。大いなる一はそれを通じさせ、大いなる陰はそれを解き、大いなる目はそれを見、大いなる均衡はそれに沿い、大いなる方角はそれを体現し、大いなる信はそれを確かめ、大いなる安定はそれを支える。
解説
「足が地面に触れているのは、ほんの一点だ。それでも、踏んでいない広大な地面があるからこそ、遠くまで歩ける」。この比喩が絶品の一段です。私たちが立っているのは、わずか足の裏の面積だけ。しかし周りに地面がなければ、一歩も進めません。知識も同じで、知っていることはわずかですが、知らない領域があるからこそ、そこへ向かって歩けるのです。知らない領域は、無駄ではありません。それがあるから、歩けるのです。
この章句が説くこと
恃其所不蹍而後善博知らない領域の価値わずかな足場歩ける理由
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