荘子 / 徐無鬼
古之真人,得之也生,失之也死;得之也死,失之也生。藥也,其實堇也。桔梗也,雞壅也,豕零也,是時為帝者也,何可勝言!
新字:古之真人,得之也生,失之也死;得之也死,失之也生。薬也,其実堇也。桔梗也,鶏壅也,豕零也,是時為帝者也,何可勝言!
書き下し
古の真人は、之を得るや生き、之を失うや死す。之を得るや死し、之を失うや生く。薬なり。其の実は堇(きん)なり。桔梗(ききょう)なり、鶏壅(けいよう)なり、豕零(しれい)なり。是れ時に帝と為る者なり。何ぞ勝(あ)げて言うべけんや。
現代語訳
昔の真人は、それを得れば生き、失えば死ぬ。逆に、それを得れば死に、失えば生きることもある。薬というものは、そういうものだ。実際、トリカブトも、桔梗も、鶏頭も、猪苓も、その時々によって主役の薬になる。いちいち数え上げられようか。
解説
薬を例にした、簡潔な一段です。トリカブトは猛毒ですが、使い方によっては薬になります。桔梗も鶏頭も、時と場合によって主役になる。つまり、絶対的に良い薬も、絶対的に悪い毒もないのです。得れば生きるものが、別の時には得れば死ぬものになる。何が良いかは、その時その場によって決まります。万能の正解を探すこと自体が、間違いなのです。
この章句が説くこと
薬也其実堇也時によって主役が変わる万能の正解はない毒と薬
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