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荘子 / 徐無鬼

子綦曰:「歅!汝何足以識之?而梱祥邪,盡於酒肉,入於鼻口矣。而何足以知其所自來?吾未嘗為牧而牂生於奧,未嘗好田而鶉生於宎,若勿怪,何邪?吾所與吾子遊者,遊於天地。吾與之邀樂於天,吾與之邀食於地;吾不與之為事,不與之為謀,不與之為怪;吾與之乘天地之誠而不以物與之相攖,吾與之一委蛇而不與之為事所宜。今也然有世俗之償焉!凡有怪徵者,必有怪行。殆乎!非我與吾子之罪,幾天與之也!吾是以泣也。」

新字:子綦曰:「歅!汝何足以識之?而梱祥邪,尽於酒肉,入於鼻口矣。而何足以知其所自来?吾未嘗為牧而牂生於奥,未嘗好田而鶉生於宎,若勿怪,何邪?吾所与吾子遊者,遊於天地。吾与之邀楽於天,吾与之邀食於地;吾不与之為事,不与之為謀,不与之為怪;吾与之乗天地之誠而不以物与之相攖,吾与之一委蛇而不与之為事所宜。今也然有世俗之償焉!凡有怪徴者,必有怪行。殆乎!非我与吾子之罪,幾天与之也!吾是以泣也。」

書き下し

子綦曰く、「歅(いん)、汝何ぞ以て之を識(し)るに足らん。而(すなわ)ち梱の祥なるや、酒肉に尽きて、鼻口に入るのみ。而(なんじ)何ぞ以て其の自(よ)りて来たる所を知るに足らん。吾未だ嘗て牧を為さずして牂(そう)奥に生ず。未だ嘗て田(かり)を好まずして鶉(うずら)宎(よう)に生ず。若し怪しむ勿くんば、何ぞや。吾が吾が子と与に遊ぶ所の者は、天地に遊ぶ。吾は之と楽を天に邀(もと)め、吾は之と食を地に邀む。吾は之と事を為さず、之と謀を為さず、之と怪を為さず。吾は之と天地の誠に乗じて物を以て之と相攖(あいみだ)さず。吾は之と一に委蛇(いい)して之と事の宜しき所を為さず。今や然も世俗の償有り。凡そ怪徴(かいちょう)有る者は、必ず怪行有り。殆(あや)ういかな。我と吾が子との罪に非ず。幾(ほとん)ど天の之を与うるならん。吾是を以て泣くなり」と。

現代語訳

子綦は言った。「歅よ、お前に何が分かるものか。梱が幸運だというのは、酒や肉に尽き、鼻や口に入るというだけのことだ。お前に、それがどこから来るのか分かるものか。私は牧畜などしたこともないのに、部屋の隅に羊が生まれた。狩りを好んだこともないのに、窓辺にウズラが生まれた。それを怪しまないなら、どういうわけか。私が我が子と遊ぶのは、天地の中でだ。私は彼とともに天に楽しみを求め、地に食を求める。彼とともに事を構えず、謀り事をせず、怪しいことをしない。私は彼とともに天地の誠に乗り、外の物で彼と互いを乱すことをしない。私は彼とともにただ流れに従い、事の都合を計らない。それなのに今、世俗の報いがあるという。およそ怪しい兆しがある者には、必ず怪しい行いがある。危ういことだ。私と我が子の罪ではない。おそらく天が与えたものだ。だから私は泣くのだ」と。

解説

身に覚えのない吉兆を、恐れる父親の一段です。牧畜もしないのに羊が生まれ、狩りもしないのにウズラが生まれる。身に覚えのない幸運は、不気味です。「怪しい兆しがある者には、必ず怪しい行いがある」。原因のない結果はない。だとすれば、この吉兆は何かの代償ではないか。そして「私と我が子の罪ではない。おそらく天が与えたものだ」。自分たちに落ち度はないのに、災いが来る。この理不尽への嘆きが、泣く理由です。

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