荘子 / 徐無鬼
黃帝將見大隗乎具茨之山,方明為御,昌宇驂乘,張若、謵朋前馬,昆閽、滑稽後車。至於襄城之野,七聖皆迷,無所問塗。適遇牧馬童子,問塗焉,曰:「若知具茨之山乎?」曰:「然。」「若知大隗之所存乎?」曰:「然。」黃帝曰:「異哉小童!非徒知具茨之山,又知大隗之所存。請問為天下。」小童曰:「夫為天下者,亦若此而已矣,又奚事焉?予少而自遊於六合之內,予適有瞀病,有長者教予曰:『若乘日之車,而遊於襄城之野。』今予病少痊,予又且復遊於六合之外。夫為天下,亦若此而已。予又奚事焉?」黃帝曰:「夫為天下者,則誠非吾子之事。雖然,請問為天下。」小童辭。黃帝又問。小童曰:「夫為天下者,亦奚以異乎牧馬者哉?亦去其害馬者而已矣。」黃帝再拜稽首,稱天師而退。
新字:黄帝将見大隗乎具茨之山,方明為御,昌宇驂乗,張若、謵朋前馬,昆閽、滑稽後車。至於襄城之野,七聖皆迷,無所問塗。適遇牧馬童子,問塗焉,曰:「若知具茨之山乎?」曰:「然。」「若知大隗之所存乎?」曰:「然。」黄帝曰:「異哉小童!非徒知具茨之山,又知大隗之所存。請問為天下。」小童曰:「夫為天下者,亦若此而已矣,又奚事焉?予少而自遊於六合之内,予適有瞀病,有長者教予曰:『若乗日之車,而遊於襄城之野。』今予病少痊,予又且復遊於六合之外。夫為天下,亦若此而已。予又奚事焉?」黄帝曰:「夫為天下者,則誠非吾子之事。雖然,請問為天下。」小童辞。黄帝又問。小童曰:「夫為天下者,亦奚以異乎牧馬者哉?亦去其害馬者而已矣。」黄帝再拝稽首,称天師而退。
書き下し
黄帝将に大隗(たいかい)に具茨(ぐし)の山に見えんとす。方明御と為り、昌宇(しょうう)驂乗(さんじょう)し、張若(ちょうじゃく)・謵朋(しゅうほう)前馬し、昆閽(こんこん)・滑稽(こっけい)後車す。襄城の野に至り、七聖皆な迷い、塗(みち)を問う所無し。適(たまた)ま牧馬の童子に遇い、塗を焉(これ)に問いて曰く、「若(なんじ)は具茨の山を知るか」と。曰く、「然り」と。「若は大隗の存する所を知るか」と。曰く、「然り」と。黄帝曰く、「異なるかな小童。徒(た)だ具茨の山を知るのみに非ず、又た大隗の存する所を知る。請う、天下を為(おさ)むるを問わん」と。小童曰く、「夫れ天下を為むる者も、亦た此の若きのみ。又た奚(なん)ぞ事とせんや。予少(わか)くして自ら六合の内に遊ぶ。予適ま瞀病(ぼうびょう)有り。長者有り、予に教えて曰く、『若、日の車に乗りて、襄城の野に遊べ』と。今予の病は少しく痊(い)ゆ。予は又た且つ復た六合の外に遊ばん。夫れ天下を為むるも、亦た此の若きのみ。予又た奚ぞ事とせんや」と。黄帝曰く、「夫れ天下を為むる者は、則ち誠に吾子の事に非ず。然りと雖も、請う、天下を為むるを問わん」と。小童辞す。黄帝又た問う。小童曰く、「夫れ天下を為むる者は、亦た奚を以て馬を牧する者に異ならんや。亦た其の馬を害する者を去るのみ」と。黄帝再拝稽首し、天師と称して退く。
現代語訳
黄帝が具茨の山へ、大隗という賢者に会いに行こうとした。方明が御者となり、昌宇が陪乗し、張若と謵朋が先導し、昆閽と滑稽が後ろの車に乗った。襄城の野まで来ると、七人の聖人はみな道に迷い、尋ねる相手もいなかった。たまたま馬を放牧している少年に出会い、道を尋ねた。「お前は具茨の山を知っているか」。「はい」。「お前は大隗のいる場所を知っているか」。「はい」。黄帝は言った。「不思議な子だ。具茨の山を知っているだけでなく、大隗の居場所まで知っている。天下の治め方について、聞かせてくれないか」。少年は言った。「天下を治めるのも、まあこんなものでしょう。他に何かすることがありますか。私は幼い頃、宇宙の内側を一人で歩き回っていました。たまたま目がかすむ病になり、ある老人が『日の車に乗って、襄城の野に遊びなさい』と教えてくれました。今、病は少し癒えました。私はまた宇宙の外側に遊びに行くつもりです。天下を治めるのも、まあこんなものでしょう。他に何かすることがありますか」。黄帝は言った。「天下を治めることは、確かにお前の仕事ではない。それでも、どうか教えてくれないか」。少年は断った。黄帝はさらに尋ねた。少年は言った。「天下を治めるのが、馬を放牧するのと、どこが違うでしょうか。ただ、馬を害するものを取り除くだけです」。黄帝は二度拝んで頭を地につけ、彼を『天の師』と呼んで退いた。
解説
この章句が説くこと
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荘子・応帝王天根(てんこん)殷陽(いんよう)に遊び、蓼水(りょうすい)の上(ほとり)に至り、適(たまた)ま無名人に遭いて焉(これ)に問いて曰く、「請う、天下を為(おさ)むるを問わん」と。無名人曰く、「去れ。汝は鄙人(ひじん)なり。何ぞ問うことの予(たの)しからざるや。予(われ)方(まさ)に将に造物者と人(ぐう)を為さんとす。厭(あ)けば則ち又た夫の莽眇(もうびょう)の鳥に乗じて、以て六極の外に出で、而して無何有(むかゆう)の郷に遊び、以て壙埌(こうろう)の野に処(お)らんとす。汝又た何の帠(げい)ありて、天下を治むるを以て予の心を感ぜしめんとするか」と。又た復(ま)た問う。無名人曰く、「汝、心を淡に遊ばせ、気を漠に合し、物の自然に順いて、私を容るる無くんば、而ち天下治まらん」と。
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荘子・在宥黄帝立ちて天子と為ること十九年、令天下に行わる。広成子(こうせいし)の空同(くうどう)の上に在るを聞き、故に往きて之に見えて曰く、「我聞く、吾子(ごし)は至道に達すと。敢えて至道の精を問う。吾は天地の精を取りて、以て五穀を佐(たす)け、以て民人を養わんと欲す。吾又た陰陽を官(つかさど)りて、以て群生を遂(と)げしめんと欲す。之を為すこと奈何(いかん)」と。広成子曰く、「而(なんじ)の問わんと欲する所の者は、物の質なり。而の官らんと欲する所の者は、物の残(そこない)なり。而の天下を治めしより、雲気は族(あつ)まるを待たずして雨ふり、草木は黄ばむを待たずして落つ。日月の光は益ます以て荒(すさ)めり。而して佞人(ねいじん)の心の翦翦(せんせん)たる者、又た奚(なん)ぞ以て至道を語るに足らんや」と。黄帝退き、天下を捐(す)て、特室を築き、白茅(はくぼう)を席とし、閒居(かんきょ)すること三月、復た往きて之を邀(もと)む。広成子は南首(なんしゅ)して臥す。黄帝は下風(かふう)に順いて膝行(しっこう)して進み、再拝稽首(けいしゅ)して問いて曰く、「聞く、吾子は至道に達すと。敢えて問う、身を治むること奈何にして以て長久なるべきか」と。広成子蹶然(けつぜん)として起きて曰く、「善いかな問いや。来たれ。吾女(なんじ)に至道を語らん。至道の精は、窈窈冥冥(ようようめいめい)たり。至道の極は、昏昏黙黙(こんこんもくもく)たり。視る無く聴く無く、神を抱きて以て静かなれば、形は将に自ら正しからんとす。必ず静かに必ず清く、女の形を労する無く、女の精を揺るがす無くんば、乃ち以て長生すべし。目に見る所無く、耳に聞く所無く、心に知る所無くんば、女の神は将に形を守らんとし、形は乃ち長生せん。女の内を慎み、女の外を閉じよ。多知は敗と為る。我女の為に大明の上に遂(ゆ)かん。彼の至陽の原に至らん。女の為に窈冥の門に入らん。彼の至陰の原に至らん。天地に官有り、陰陽に蔵有り。慎みて女の身を守らば、物は将に自ら壮(さか)んならんとす。我は其の一を守りて、以て其の和に処る。故に我身を修むること千二百歳なり。吾が形は未だ嘗て衰えず」と。黄帝再拝稽首して曰く、「広成子は之れ天と謂わん」と。広成子曰く、「来たれ。吾女に語らん。彼の其の物は無窮なり。而るに人は皆な以て終わり有りと為す。彼の其の物は測られず。而るに人は皆な以て極まり有りと為す。吾が道を得たる者は、上は皇と為り下は王と為る。吾が道を失う者は、上は光を見て下は土と為る。今夫れ百昌(ひゃくしょう)は、皆な土より生じて土に反る。故に余は将に女を去りて、無窮の門に入り、以て無極の野に遊ばんとす。吾は日月と光を参(まじ)え、吾は天地と常を為さん。我に当たるは、緡(びん)たるかな。我に遠きは、昏(こん)たるかな。人は其れ尽く死せん。而るに我は独り存せんかな」と。
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