荘子 / 徐無鬼
武侯曰:「欲見先生久矣。吾欲愛民而為義偃兵,可乎?」徐無鬼曰:「不可。愛民,害民之始也;為義偃兵,造兵之本也。君自此為之,則殆不成。凡成美,惡器也。君雖為仁義,幾且偽哉!形固造形,成固有伐,變固外戰。君亦必無盛鶴列於麗譙之間,無徒驥於錙壇之宮,無藏逆於得,無以巧勝人,無以謀勝人,無以戰勝人。夫殺人之士民,兼人之土地,以養吾私與吾神者,其戰不知孰善?勝之惡乎在?君若勿已矣,修胸中之誠,以應天地之情而勿攖。夫民死已脫矣,君將惡乎用夫偃兵哉!」
新字:武侯曰:「欲見先生久矣。吾欲愛民而為義偃兵,可乎?」徐無鬼曰:「不可。愛民,害民之始也;為義偃兵,造兵之本也。君自此為之,則殆不成。凡成美,悪器也。君雖為仁義,幾且偽哉!形固造形,成固有伐,変固外戦。君亦必無盛鶴列於麗譙之間,無徒驥於錙壇之宮,無蔵逆於得,無以巧勝人,無以謀勝人,無以戦勝人。夫殺人之士民,兼人之土地,以養吾私与吾神者,其戦不知孰善?勝之悪乎在?君若勿已矣,修胸中之誠,以応天地之情而勿攖。夫民死已脱矣,君将悪乎用夫偃兵哉!」
書き下し
武侯曰く、「先生に見えんと欲すること久し。吾は民を愛して義を為し兵を偃(ふ)せんと欲す。可ならんか」と。徐無鬼曰く、「不可なり。民を愛するは、民を害するの始めなり。義を為し兵を偃するは、兵を造るの本なり。君此より之を為さば、則ち殆(ほとん)ど成らざらん。凡そ美を成すは、悪しき器なり。君は仁義を為すと雖も、幾(ほとん)ど且つ偽ならんかな。形は固より形を造り、成は固より伐(ほこ)る有り、変は固より外に戦う。君も亦た必ず鶴列(かくれつ)を麗譙(れいしょう)の間に盛んにする無かれ。徒驥(とき)を錙壇(しだん)の宮に無かれ。逆を得に蔵する無かれ。巧を以て人に勝つ無かれ。謀を以て人に勝つ無かれ。戦を以て人に勝つ無かれ。夫れ人の士民を殺し、人の土地を兼ねて、以て吾が私と吾が神とを養う者は、其の戦は孰(いず)れか善きかを知らず。勝ちは悪(いず)くにか在らんや。君若し已(や)むこと勿くんば、胸中の誠を修めて、以て天地の情に応じて攖(みだ)す勿かれ。夫れ民は死已に脱せん。君将に悪くんぞ夫の兵を偃するを用いんや」と。
現代語訳
武侯は言った。「先生にお会いしたかった。私は民を愛し、正義を行い、戦をやめたいと思う。よいだろうか」。徐無鬼は言った。「よくありません。民を愛することは、民を害する始まりです。正義を行って戦をやめることは、戦を作り出す元です。あなたがそこから始めれば、おそらく成就しないでしょう。そもそも美しいものを成すことは、悪しき器なのです。あなたが仁義を行っても、それはほとんど偽りになるでしょう。形は形を作り、成功は誇りを生み、変化は外との戦いを生みます。あなたはどうか、櫓の間に鶴翼の陣を並べず、祭壇の宮に騎兵を集めず、得たものの中に逆らう心を隠さず、技巧で人に勝とうとせず、策略で人に勝とうとせず、戦で人に勝とうとしないでください。人の民を殺し、人の土地を奪って、自分の私欲と精神を養う者。その戦いのどちらが善いのか、分かりません。勝ちなど、どこにあるのでしょう。あなたがどうしてもやめられないなら、胸の中の誠を修めて、天地のありようにそのまま応じ、乱さないことです。そうすれば民は死を免れます。あなたがどうして、戦をやめるなどと言い出す必要がありましょうか」と。
解説
この章句が説くこと
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