荘子 / 徐無鬼
徐無鬼出,女商曰:「先生獨何以說吾君乎?吾所以說吾君者,橫說之則以《詩》、《書》、《禮》、《樂》,從說之則以金板、六弢,奉事而大有功者不可為數,而吾君未嘗啟齒。今先生何以說吾君,使吾君說若此乎?」徐無鬼曰:「吾直告之吾相狗馬耳。」女商曰:「若是乎」?曰:「子不聞夫越之流人乎?去國數日,見其所知而喜;去國旬月,見其所嘗見於國中者喜;及期年也,見似人者而喜矣。不亦去人滋久,思人滋深乎!夫逃虛空者,藜、藋柱乎鼪、鼬之逕,踉位其空,聞人足音跫然而喜矣,而況乎兄弟親戚之謦欬其側者乎!久矣夫!莫以真人之言謦欬吾君之側乎!」
新字:徐無鬼出,女商曰:「先生独何以説吾君乎?吾所以説吾君者,横説之則以《詩》、《書》、《礼》、《楽》,従説之則以金板、六弢,奉事而大有功者不可為数,而吾君未嘗啓歯。今先生何以説吾君,使吾君説若此乎?」徐無鬼曰:「吾直告之吾相狗馬耳。」女商曰:「若是乎」?曰:「子不聞夫越之流人乎?去国数日,見其所知而喜;去国旬月,見其所嘗見於国中者喜;及期年也,見似人者而喜矣。不亦去人滋久,思人滋深乎!夫逃虚空者,藜、藋柱乎鼪、鼬之逕,踉位其空,聞人足音跫然而喜矣,而況乎兄弟親戚之謦欬其側者乎!久矣夫!莫以真人之言謦欬吾君之側乎!」
書き下し
徐無鬼出づ。女商曰く、「先生は独り何を以て吾が君を説(よろこ)ばせしか。吾が吾が君を説ばする所以の者は、横(よこざま)に之を説けば則ち《詩》《書》《礼》《楽》を以てし、従(たて)に之を説けば則ち金板・六弢(りくとう)を以てす。事を奉じて大いに功有る者は数を為すべからず。而も吾が君は未だ嘗て歯を啓(ひら)かず。今先生は何を以て吾が君を説き、吾が君をして説ぶこと此(かく)の若くならしめしか」と。徐無鬼曰く、「吾は直(た)だ之に吾が狗馬を相するを告げしのみ」と。女商曰く、「是の若きか」と。曰く、「子は夫の越の流人を聞かずや。国を去りて数日、其の知れる所を見て喜ぶ。国を去りて旬月、其の嘗て国中に見し所の者を見て喜ぶ。期年に及ぶや、人に似たる者を見て喜ぶ。亦た人を去ること滋(いよい)よ久しければ、人を思うこと滋よ深からずや。夫れ虚空に逃るる者は、藜(れい)・藋(ちょう)鼪(せい)・鼬(ゆう)の逕(みち)に柱(ふさ)がり、踉位(ろうい)して其れ空し。人の足音の跫然(きょうぜん)たるを聞きて喜ぶ。而るを況んや兄弟親戚の其の側に謦欬(けいがい)する者をや。久しいかな、真人の言を以て吾が君の側に謦欬すること莫きこと」と。
現代語訳
徐無鬼が退出すると、女商が言った。「先生はいったい何をもって、我が君を喜ばせたのですか。私が君を喜ばせようとする時は、横からは『詩経』『書経』『礼記』『楽経』を説き、縦からは兵法書を説きます。政務を執って大きな功績を挙げたことも数え切れません。それでも君は一度も歯を見せて笑ったことがない。今、先生は何を説いて、君をあれほど喜ばせたのですか」。徐無鬼は言った。「私はただ、犬と馬の見分け方を話しただけだ」。女商は「そんなことで、ですか」と言った。徐無鬼は言った。「あなたは越の流刑人の話を知らないのか。国を離れて数日は、知り合いに会えば喜ぶ。ひと月もすれば、国で見かけたことのある程度の者に会っても喜ぶ。一年たてば、人に似た者を見ただけで喜ぶようになる。人から離れる時間が長いほど、人恋しさは深くなるのだ。誰もいない荒れ野に逃れた者は、雑草がイタチの通り道まで塞ぐような場所で、ぽつんと佇んでいる。そこで人の足音がこつこつと聞こえてくれば、それだけで嬉しい。まして兄弟や親戚が、そばで咳払いをするのを聞けばどれほどか。長いことだ。真の人の言葉が、あなたの君のそばで咳払いすることもなかったのは」と。
解説
この章句が説くこと
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荘子・徐無鬼徐無鬼(じょむき)女商(じょしょう)に因りて魏の武侯に見(まみ)ゆ。武侯之を労(ねぎら)いて曰く、「先生病めり。山林の労に苦しむ。故に乃ち肯(あ)えて寡人に見ゆるか」と。徐無鬼曰く、「我は則ち君を労わらん。君は何ぞ我を労わること有らんや。君将に耆欲(しよく)を盈(み)たし、好悪を長ぜんとせば、則ち性命の情病まん。君将に耆欲を黜(しりぞ)け、好悪を掔(す)てんとせば、則ち耳目病まん。我は将に君を労わらんとす。君は何ぞ我を労わること有らんや」と。武侯超然として対えず。
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荘子・徐無鬼少(しばら)くして、徐無鬼曰く、「嘗みに君に語らん。吾が狗を相(そう)するや。下の質は、飽くを執りて止む。是れ狸の徳なり。中の質は、日を視るが若し。上の質は、其の一を亡(うしな)えるが若し。吾が狗を相するは、又た吾が馬を相するに若かざるなり。吾が馬を相するや、直なる者は縄に中(あた)り、曲なる者は鉤に中り、方なる者は矩に中り、円なる者は規に中る。是れ国馬なり。而も未だ天下の馬に若かざるなり。天下の馬は成材有り。卹(じゅつ)たるが若く失えるが若く、其の一を喪えるが若し。是の若き者は、超軼(ちょういつ)して塵を絶ち、其の所を知らず」と。武侯大いに悦びて笑う。
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荘子・徐無鬼徐無鬼武侯に見ゆ。武侯曰く、「先生は山林に居り、芧栗(じょりつ)を食らい、蔥韭(そうきゅう)に厭(あ)き、以て寡人を賓(しりぞ)くること、久しきかな。今老いたるか。其れ酒肉の味を干(もと)めんと欲するか。其れ寡人にも亦た社稷の福有るか」と。徐無鬼曰く、「無鬼は貧賤に生まる。未だ嘗て敢えて君の酒肉を飲食せず。将に来たりて君を労わらんとす」と。君曰く、「何ぞや。奚(なん)ぞ寡人を労わる」と。曰く、「君の神と形とを労わる」と。武侯曰く、「何の謂いぞや」と。徐無鬼曰く、「天地の養うや一なり。高きに登るも以て長しと為すべからず。下に居るも以て短しと為すべからず。君独り万乗の主と為り、以て一国の民を苦しめ、以て耳目鼻口を養う。夫れ神なる者は自ら許さざるなり。夫れ神なる者は、和を好みて姦を悪む。夫れ姦は、病なり。故に之を労わる。唯だ君の之を病む所、何ぞや」と。
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荘子・徐無鬼知士は思慮の変無ければ則ち楽しまず。辯士は談説の序無ければ則ち楽しまず。察士は淩誶(りょうすい)の事無ければ則ち楽しまず。皆な物に囿(かこ)わるる者なり。世を招くの士は朝に興り、民に中(あた)るの士は官に栄え、筋力の士は難を矜(ほこ)り、勇敢の士は患いに奮い、兵革の士は戦を楽しみ、枯槁の士は名に宿り、法律の士は治を広め、礼教の士は容を敬い、仁義の士は際(まじわり)を貴ぶ。農夫は草萊(そうらい)の事無ければ則ち比(したし)まず。商賈(しょうこ)は市井の事無ければ則ち比まず。庶人は旦暮の業有れば則ち勧(つと)む。百工は器械の巧有れば則ち壮んなり。銭財積まざれば則ち貪る者憂う。権勢尤(すぐ)れざれば則ち夸(ほこ)る者悲しむ。勢物の徒は変を楽しむ。時に遭いて用うる所有り、無為なる能わざるなり。此れ皆な歳に順比して、易に物とせざる者なり。其の形性を馳せ、之を万物に潜め、身を終うるまで反らず。悲しいかな。
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荘子・徐無鬼恵子曰く、「今夫れ儒・墨・楊・秉、且つ方に我と辯を以てし、相拂(あいはら)うに辞を以てし、相鎮(あいしず)むるに声を以てす。而も未だ始めより吾を非とせず。則ち奚若(いかん)」と。荘子曰く、「斉人の子を宋に蹢(す)つる者は、其の閽(もんばん)に命ずるや完(まった)きを以てせず。其の鈃鍾(けいしょう)を求むるや束縛を以てす。其の唐子(とうし)を求むるや、未だ始めより域を出でず。遺類有るかな。楚人の寄りて閽(もんばん)を蹢つ者は、夜半、人無きの時に於いて舟人と闘う。未だ始めより岑(きし)を離れず、而も以て怨を造るに足れり」と。
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荘子・徐無鬼南伯子綦(なんぱくしき)几に隠りて坐し、天を仰ぎて嘘(きょ)す。顔成子入り見て曰く、「夫子は、物の尤(ゆう)なる者なり。形は固より槁骸(こうがい)の若くならしむべく、心は固より死灰の若くならしむべきか」と。曰く、「吾嘗て山穴の中に居れり。是の時に当たるや、田禾(でんか)一たび我を覩(み)て、斉国の衆三たび之を賀す。我必ず之に先んじ、彼故に之を知る。我必ず之を売り、彼故に之を鬻(ひさ)ぐ。若し我にして之を有せずんば、彼悪くんぞ得て之を知らん。若し我にして之を売らずんば、彼悪くんぞ得て之を鬻がん。嗟乎(ああ)、我は人の自ら喪う者を悲しむ。吾又た夫の人を悲しむ者を悲しむ。吾又た夫の人を悲しむの悲しみを悲しむ。其の後にして日に遠ざかれり」と。
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