荘子 / 徐無鬼
少焉,徐無鬼曰:「嘗語君,吾相狗也。下之質,執飽而止,是狸德也;中之質,若視日;上之質,若亡其一。吾相狗,又不若吾相馬也。吾相馬,直者中繩,曲者中鉤,方者中矩,圓者中規,是國馬也,而未若天下馬也。天下馬有成材,若卹若失,若喪其一,若是者,超軼絕塵,不知其所。」武侯大悅而笑。
新字:少焉,徐無鬼曰:「嘗語君,吾相狗也。下之質,執飽而止,是狸徳也;中之質,若視日;上之質,若亡其一。吾相狗,又不若吾相馬也。吾相馬,直者中縄,曲者中鉤,方者中矩,円者中規,是国馬也,而未若天下馬也。天下馬有成材,若卹若失,若喪其一,若是者,超軼絶塵,不知其所。」武侯大悦而笑。
書き下し
少(しばら)くして、徐無鬼曰く、「嘗みに君に語らん。吾が狗を相(そう)するや。下の質は、飽くを執りて止む。是れ狸の徳なり。中の質は、日を視るが若し。上の質は、其の一を亡(うしな)えるが若し。吾が狗を相するは、又た吾が馬を相するに若かざるなり。吾が馬を相するや、直なる者は縄に中(あた)り、曲なる者は鉤に中り、方なる者は矩に中り、円なる者は規に中る。是れ国馬なり。而も未だ天下の馬に若かざるなり。天下の馬は成材有り。卹(じゅつ)たるが若く失えるが若く、其の一を喪えるが若し。是の若き者は、超軼(ちょういつ)して塵を絶ち、其の所を知らず」と。武侯大いに悦びて笑う。
現代語訳
しばらくして徐無鬼は言った。「ためしにお話ししましょう。私は犬を見分けます。下等な犬は、腹が満ちればそこで止まる。これは狸のような徳です。中等な犬は、日を見つめるように一点を見据えている。上等な犬は、自分というものを忘れてしまったかのようです。しかし私が犬を見分けるのは、馬を見分けるのには及びません。私が馬を見分けると、真っ直ぐな線は墨縄に合い、曲線は曲尺に合い、四角は定規に、円はコンパスに合う。これは一国の名馬です。しかしまだ、天下の名馬には及びません。天下の名馬には、生まれつきの素質があります。憂えているようであり、何かを失ったようであり、自分というものを喪ったかのようです。そういう馬は、塵も残さず駆け抜けて、どこへ行ったのかも分かりません」。武侯は大いに喜んで笑った。
解説
この章句が説くこと
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荘子・徐無鬼狗(いぬ)は善く吠ゆるを以て良と為さず。人は善く言うを以て賢と為さず。而るを況んや大を為すをや。夫れ大を為すも以て大と為すに足らず。而るを況んや徳を為すをや。夫れ大備(たいび)なるは、天地に若(し)くは莫し。然れども奚(なに)をか求めんや、而も大備なり。大備を知る者は、求むる無く、失う無く、棄つる無く、物を以て己を易(か)えざるなり。己に反りて窮まらず、古に循(したが)いて摩(す)れず。大人の誠なり。
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荘子・徐無鬼徐無鬼出づ。女商曰く、「先生は独り何を以て吾が君を説(よろこ)ばせしか。吾が吾が君を説ばする所以の者は、横(よこざま)に之を説けば則ち《詩》《書》《礼》《楽》を以てし、従(たて)に之を説けば則ち金板・六弢(りくとう)を以てす。事を奉じて大いに功有る者は数を為すべからず。而も吾が君は未だ嘗て歯を啓(ひら)かず。今先生は何を以て吾が君を説き、吾が君をして説ぶこと此(かく)の若くならしめしか」と。徐無鬼曰く、「吾は直(た)だ之に吾が狗馬を相するを告げしのみ」と。女商曰く、「是の若きか」と。曰く、「子は夫の越の流人を聞かずや。国を去りて数日、其の知れる所を見て喜ぶ。国を去りて旬月、其の嘗て国中に見し所の者を見て喜ぶ。期年に及ぶや、人に似たる者を見て喜ぶ。亦た人を去ること滋(いよい)よ久しければ、人を思うこと滋よ深からずや。夫れ虚空に逃るる者は、藜(れい)・藋(ちょう)鼪(せい)・鼬(ゆう)の逕(みち)に柱(ふさ)がり、踉位(ろうい)して其れ空し。人の足音の跫然(きょうぜん)たるを聞きて喜ぶ。而るを況んや兄弟親戚の其の側に謦欬(けいがい)する者をや。久しいかな、真人の言を以て吾が君の側に謦欬すること莫きこと」と。
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荘子・徐無鬼徐無鬼武侯に見ゆ。武侯曰く、「先生は山林に居り、芧栗(じょりつ)を食らい、蔥韭(そうきゅう)に厭(あ)き、以て寡人を賓(しりぞ)くること、久しきかな。今老いたるか。其れ酒肉の味を干(もと)めんと欲するか。其れ寡人にも亦た社稷の福有るか」と。徐無鬼曰く、「無鬼は貧賤に生まる。未だ嘗て敢えて君の酒肉を飲食せず。将に来たりて君を労わらんとす」と。君曰く、「何ぞや。奚(なん)ぞ寡人を労わる」と。曰く、「君の神と形とを労わる」と。武侯曰く、「何の謂いぞや」と。徐無鬼曰く、「天地の養うや一なり。高きに登るも以て長しと為すべからず。下に居るも以て短しと為すべからず。君独り万乗の主と為り、以て一国の民を苦しめ、以て耳目鼻口を養う。夫れ神なる者は自ら許さざるなり。夫れ神なる者は、和を好みて姦を悪む。夫れ姦は、病なり。故に之を労わる。唯だ君の之を病む所、何ぞや」と。
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荘子・馬蹄馬は、蹄は以て霜雪を践(ふ)むべく、毛は以て風寒を禦(ふせ)ぐべし。草を齕(か)み水を飲み、足を翹(あ)げて陸(は)ぬ。此れ馬の真性なり。義台(ぎだい)・路寝(ろしん)有りと雖も、之を用うる所無し。伯楽(はくらく)に至るに及びて、曰く、「我善く馬を治む」と。之を焼き之を剔(そ)り、之を刻み之を雒(らく)し、之を連ぬるに羈馽(きちつ)を以てし、之を編むに皁棧(そうさん)を以てす。馬の死する者十に二三なり。之を飢えしめ之を渇せしめ、之を馳せ之を驟(は)せ、之を整え之を斉(ととの)う。前に橛飾(けっしょく)の患い有りて、後に鞭筴(べんさく)の威有り。而して馬の死する者已に半ばを過ぐ。陶者曰く、「我善く埴(しょく)を治む。円き者は規に中(あた)り、方なる者は矩に中る」と。匠人曰く、「我善く木を治む。曲がれる者は鉤に中り、直き者は縄に応ず」と。夫れ埴・木の性、豈に規矩鉤縄に中らんことを欲せんや。然り且つ世世之を称して曰く、「伯楽は善く馬を治め、而して陶・匠は善く埴木を治む」と。此れ亦た天下を治むる者の過ちなり。
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