荘子 / 徐無鬼
徐無鬼因女商見魏武侯,武侯勞之曰:「先生病矣!苦於山林之勞,故乃肯見於寡人。」徐無鬼曰:「我則勞於君,君有何勞於我?君將盈耆欲,長好惡,則性命之情病矣;君將黜耆欲,掔好惡,則耳目病矣。我將勞君,君有何勞於我?」武侯超然不對。
新字:徐無鬼因女商見魏武侯,武侯労之曰:「先生病矣!苦於山林之労,故乃肯見於寡人。」徐無鬼曰:「我則労於君,君有何労於我?君将盈耆欲,長好悪,則性命之情病矣;君将黜耆欲,掔好悪,則耳目病矣。我将労君,君有何労於我?」武侯超然不対。
書き下し
徐無鬼(じょむき)女商(じょしょう)に因りて魏の武侯に見(まみ)ゆ。武侯之を労(ねぎら)いて曰く、「先生病めり。山林の労に苦しむ。故に乃ち肯(あ)えて寡人に見ゆるか」と。徐無鬼曰く、「我は則ち君を労わらん。君は何ぞ我を労わること有らんや。君将に耆欲(しよく)を盈(み)たし、好悪を長ぜんとせば、則ち性命の情病まん。君将に耆欲を黜(しりぞ)け、好悪を掔(す)てんとせば、則ち耳目病まん。我は将に君を労わらんとす。君は何ぞ我を労わること有らんや」と。武侯超然として対えず。
現代語訳
徐無鬼が、女商の紹介で魏の武侯に会った。武侯はねぎらって言った。「先生はお疲れのご様子だ。山林暮らしの苦労に耐えかねて、それでようやく私に会う気になられたのですか」。徐無鬼は言った。「私のほうが、あなたをねぎらいましょう。あなたが私をねぎらう筋合いなど、どこにありましょうか。あなたが欲望を満たし、好き嫌いを募らせていけば、生まれ持った本性が病みます。逆に欲望を退け、好き嫌いを捨てようとすれば、今度は耳目が病みます。私はあなたをねぎらいましょう。あなたが私をねぎらう筋合いなど、ありません」。武侯はぽかんとして、答えられなかった。
解説
ねぎらわれた側が、逆にねぎらい返すという痛快な一段です。武侯は、山暮らしの苦労を憐れんだつもりでした。ところが徐無鬼は、憐れむべきはあなたのほうだと切り返す。しかも逃げ道がありません。欲望を満たせば本性が病み、欲望を退ければ耳目が病む。どちらに転んでも病むのです。持てる者の苦しみが、ここに凝縮されています。何もない人を憐れむ前に、持ちすぎている自分を顧みる。その視点の逆転が、鮮やかに示されています。
この章句が説くこと
我則労於君憐れむ側とられる側持てる者の苦しみ逆転
関連する章句
-
荘子・徐無鬼徐無鬼武侯に見ゆ。武侯曰く、「先生は山林に居り、芧栗(じょりつ)を食らい、蔥韭(そうきゅう)に厭(あ)き、以て寡人を賓(しりぞ)くること、久しきかな。今老いたるか。其れ酒肉の味を干(もと)めんと欲するか。其れ寡人にも亦た社稷の福有るか」と。徐無鬼曰く、「無鬼は貧賤に生まる。未だ嘗て敢えて君の酒肉を飲食せず。将に来たりて君を労わらんとす」と。君曰く、「何ぞや。奚(なん)ぞ寡人を労わる」と。曰く、「君の神と形とを労わる」と。武侯曰く、「何の謂いぞや」と。徐無鬼曰く、「天地の養うや一なり。高きに登るも以て長しと為すべからず。下に居るも以て短しと為すべからず。君独り万乗の主と為り、以て一国の民を苦しめ、以て耳目鼻口を養う。夫れ神なる者は自ら許さざるなり。夫れ神なる者は、和を好みて姦を悪む。夫れ姦は、病なり。故に之を労わる。唯だ君の之を病む所、何ぞや」と。
-
荘子・徐無鬼武侯曰く、「先生に見えんと欲すること久し。吾は民を愛して義を為し兵を偃(ふ)せんと欲す。可ならんか」と。徐無鬼曰く、「不可なり。民を愛するは、民を害するの始めなり。義を為し兵を偃するは、兵を造るの本なり。君此より之を為さば、則ち殆(ほとん)ど成らざらん。凡そ美を成すは、悪しき器なり。君は仁義を為すと雖も、幾(ほとん)ど且つ偽ならんかな。形は固より形を造り、成は固より伐(ほこ)る有り、変は固より外に戦う。君も亦た必ず鶴列(かくれつ)を麗譙(れいしょう)の間に盛んにする無かれ。徒驥(とき)を錙壇(しだん)の宮に無かれ。逆を得に蔵する無かれ。巧を以て人に勝つ無かれ。謀を以て人に勝つ無かれ。戦を以て人に勝つ無かれ。夫れ人の士民を殺し、人の土地を兼ねて、以て吾が私と吾が神とを養う者は、其の戦は孰(いず)れか善きかを知らず。勝ちは悪(いず)くにか在らんや。君若し已(や)むこと勿くんば、胸中の誠を修めて、以て天地の情に応じて攖(みだ)す勿かれ。夫れ民は死已に脱せん。君将に悪くんぞ夫の兵を偃するを用いんや」と。
-
荘子・徐無鬼徐無鬼出づ。女商曰く、「先生は独り何を以て吾が君を説(よろこ)ばせしか。吾が吾が君を説ばする所以の者は、横(よこざま)に之を説けば則ち《詩》《書》《礼》《楽》を以てし、従(たて)に之を説けば則ち金板・六弢(りくとう)を以てす。事を奉じて大いに功有る者は数を為すべからず。而も吾が君は未だ嘗て歯を啓(ひら)かず。今先生は何を以て吾が君を説き、吾が君をして説ぶこと此(かく)の若くならしめしか」と。徐無鬼曰く、「吾は直(た)だ之に吾が狗馬を相するを告げしのみ」と。女商曰く、「是の若きか」と。曰く、「子は夫の越の流人を聞かずや。国を去りて数日、其の知れる所を見て喜ぶ。国を去りて旬月、其の嘗て国中に見し所の者を見て喜ぶ。期年に及ぶや、人に似たる者を見て喜ぶ。亦た人を去ること滋(いよい)よ久しければ、人を思うこと滋よ深からずや。夫れ虚空に逃るる者は、藜(れい)・藋(ちょう)鼪(せい)・鼬(ゆう)の逕(みち)に柱(ふさ)がり、踉位(ろうい)して其れ空し。人の足音の跫然(きょうぜん)たるを聞きて喜ぶ。而るを況んや兄弟親戚の其の側に謦欬(けいがい)する者をや。久しいかな、真人の言を以て吾が君の側に謦欬すること莫きこと」と。
-
荘子・徐無鬼南伯子綦(なんぱくしき)几に隠りて坐し、天を仰ぎて嘘(きょ)す。顔成子入り見て曰く、「夫子は、物の尤(ゆう)なる者なり。形は固より槁骸(こうがい)の若くならしむべく、心は固より死灰の若くならしむべきか」と。曰く、「吾嘗て山穴の中に居れり。是の時に当たるや、田禾(でんか)一たび我を覩(み)て、斉国の衆三たび之を賀す。我必ず之に先んじ、彼故に之を知る。我必ず之を売り、彼故に之を鬻(ひさ)ぐ。若し我にして之を有せずんば、彼悪くんぞ得て之を知らん。若し我にして之を売らずんば、彼悪くんぞ得て之を鬻がん。嗟乎(ああ)、我は人の自ら喪う者を悲しむ。吾又た夫の人を悲しむ者を悲しむ。吾又た夫の人を悲しむの悲しみを悲しむ。其の後にして日に遠ざかれり」と。
-
荘子・徐無鬼知士は思慮の変無ければ則ち楽しまず。辯士は談説の序無ければ則ち楽しまず。察士は淩誶(りょうすい)の事無ければ則ち楽しまず。皆な物に囿(かこ)わるる者なり。世を招くの士は朝に興り、民に中(あた)るの士は官に栄え、筋力の士は難を矜(ほこ)り、勇敢の士は患いに奮い、兵革の士は戦を楽しみ、枯槁の士は名に宿り、法律の士は治を広め、礼教の士は容を敬い、仁義の士は際(まじわり)を貴ぶ。農夫は草萊(そうらい)の事無ければ則ち比(したし)まず。商賈(しょうこ)は市井の事無ければ則ち比まず。庶人は旦暮の業有れば則ち勧(つと)む。百工は器械の巧有れば則ち壮んなり。銭財積まざれば則ち貪る者憂う。権勢尤(すぐ)れざれば則ち夸(ほこ)る者悲しむ。勢物の徒は変を楽しむ。時に遭いて用うる所有り、無為なる能わざるなり。此れ皆な歳に順比して、易に物とせざる者なり。其の形性を馳せ、之を万物に潜め、身を終うるまで反らず。悲しいかな。
-
荘子・徐無鬼子綦曰く、「歅(いん)、汝何ぞ以て之を識(し)るに足らん。而(すなわ)ち梱の祥なるや、酒肉に尽きて、鼻口に入るのみ。而(なんじ)何ぞ以て其の自(よ)りて来たる所を知るに足らん。吾未だ嘗て牧を為さずして牂(そう)奥に生ず。未だ嘗て田(かり)を好まずして鶉(うずら)宎(よう)に生ず。若し怪しむ勿くんば、何ぞや。吾が吾が子と与に遊ぶ所の者は、天地に遊ぶ。吾は之と楽を天に邀(もと)め、吾は之と食を地に邀む。吾は之と事を為さず、之と謀を為さず、之と怪を為さず。吾は之と天地の誠に乗じて物を以て之と相攖(あいみだ)さず。吾は之と一に委蛇(いい)して之と事の宜しき所を為さず。今や然も世俗の償有り。凡そ怪徴(かいちょう)有る者は、必ず怪行有り。殆(あや)ういかな。我と吾が子との罪に非ず。幾(ほとん)ど天の之を与うるならん。吾是を以て泣くなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る