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荘子 / 庚桑楚

道通,其分也,其成也毀也。所惡乎分者,其分也以備;所以惡乎備者,其有以備。故出而不反,見其鬼;出而得,是謂得死。滅而有實,鬼之一也。以有形者象無形者而定矣。

新字:道通,其分也,其成也毀也。所悪乎分者,其分也以備;所以悪乎備者,其有以備。故出而不反,見其鬼;出而得,是謂得死。滅而有実,鬼之一也。以有形者象無形者而定矣。

書き下し

道は通ず。其の分かるるや、其の成るや毀(やぶ)るるなり。分かるるを悪(にく)む所以の者は、其の分かるるや以て備うればなり。備うるを悪む所以の者は、其の以て備うる有ればなり。故に出でて反らざれば、其の鬼を見る。出でて得れば、是を死を得と謂う。滅して実有るは、鬼の一なり。有形なる者を以て無形なる者に象(かたど)りて定まる。

現代語訳

道は通じている。それが分かれる時、何かが成ると同時に、何かが壊れる。分かれることを嫌う理由は、分かれることで何かを備えようとするからだ。備えることを嫌う理由は、そこに備えるものがあるからだ。だから、出て行って帰らなければ、その亡霊を見ることになる。出て行って何かを得たとしても、それは死を得たというべきものだ。滅びながら実体だけが残るのは、亡霊のたぐいである。形あるものによって、形のないものをかたどれば、そこで定まる。

解説

分けることは、備えることであり、備えることは、何かを失うことでもある。この重層的な指摘が難解な一段です。「出て行って帰らなければ、その亡霊を見る」。外に出たまま、根に帰らない。すると、実体を失った亡霊のような自分だけが残る。何かを得たようでいて、実は死を得ているのだ、と。外へ外へと拡張し続けて、根に帰る時間を持たない。すると、外形だけが立派で、中身が空っぽになります。出たら、帰る。この往復がなければ、人は亡霊になるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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