荘子 / 庚桑楚
券內者行乎無名,券外者志乎期費。行乎無名者,唯庸有光;志乎期費者,唯賈人也,人見其跂,猶之魁然。與物窮者,物入焉;與物且者,其身之不能容,焉能容人!不能容人者無親,無親者盡人。兵莫憯於志,鏌鋣為下;寇莫大於陰陽,無所逃於天地之間。非陰陽賊之,心則使之也。
新字:券内者行乎無名,券外者志乎期費。行乎無名者,唯庸有光;志乎期費者,唯賈人也,人見其跂,猶之魁然。与物窮者,物入焉;与物且者,其身之不能容,焉能容人!不能容人者無親,無親者尽人。兵莫憯於志,鏌鋣為下;寇莫大於陰陽,無所逃於天地之間。非陰陽賊之,心則使之也。
書き下し
券内(けんない)なる者は無名に行い、券外なる者は期費(きひ)に志す。無名に行う者は、唯だ庸(つね)にして光有り。期費に志す者は、唯だ賈人(こじん)なるのみ。人其の跂(つまだ)つを見るも、猶お之れ魁然(かいぜん)たり。物と窮まる者は、物焉(ここ)に入る。物と且(か)りそめなる者は、其の身すら之れ容るる能わず。焉くんぞ能く人を容れんや。人を容るる能わざる者は親しむ無し。親しむ無き者は人を尽くす。兵は志より憯(いた)ましきは莫し。鏌鋣(ばくや)も下と為す。寇は陰陽より大なるは莫し。天地の間に逃るる所無し。陰陽の之を賊するに非ず、心則ち之をして然らしむるなり。
現代語訳
内なるものを証しとする者は、名を求めずに行う。外なるものを証しとする者は、費やして得ることに心を向ける。名を求めずに行う者は、ただ平凡でありながら光がある。費やして得ることに心を向ける者は、しょせん商人にすぎない。人はその人が背伸びしているのを見ながら、それでも大した者だと思ってしまう。物とともに極まるところまで行く者には、物のほうから入ってくる。物といい加減に付き合う者は、自分自身すら受け入れられない。どうして人を受け入れられようか。人を受け入れられない者には、親しむ者がいない。親しむ者がいない者は、人を使い果たす。武器で、志ほど人を傷つけるものはない。名剣の莫邪でさえ、それに劣る。賊で、陰陽の気ほど大きなものはない。天地の間に、逃げ場はない。しかし陰陽が人を害するのではない。心がそうさせているのだ。
解説
この章句が説くこと
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