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荘子 / 庚桑楚

備物以將形,藏不虞以生心,敬中以達彼,若是而萬惡至者,皆天也,而非人也,不足以滑成,不可內於靈臺。靈臺者有持,而不知其所持,而不可持者也。不見其誠己而發,每發而不當,業入而不舍,每更為失。為不善乎顯明之中者,人得而誅之;為不善乎幽閒之中者,鬼得而誅之。明乎人、明乎鬼者,然後能獨行。

新字:備物以将形,蔵不虞以生心,敬中以達彼,若是而万悪至者,皆天也,而非人也,不足以滑成,不可內於靈台。靈台者有持,而不知其所持,而不可持者也。不見其誠己而発,毎発而不当,業入而不舎,毎更為失。為不善乎顕明之中者,人得而誅之;為不善乎幽閒之中者,鬼得而誅之。明乎人、明乎鬼者,然後能独行。

書き下し

物を備えて以て形を将(やしな)い、不虞(ふぐ)を蔵して以て心を生じ、中を敬して以て彼に達す。是の若くにして万悪至る者は、皆な天なり、而して人に非ざるなり。以て成を滑(みだ)すに足らず、霊台に内(い)るべからず。霊台なる者は持する有り。而して其の持する所を知らず。而して持すべからざる者なり。其の誠を己に見(あら)わさずして発すれば、発する毎に当たらず。業(すで)に入りて舎(す)てざれば、更(か)うる毎に失を為す。不善を顕明の中に為す者は、人得て之を誅す。不善を幽閒(ゆうかん)の中に為す者は、鬼得て之を誅す。人に明らかに、鬼に明らかなる者、然る後に能く独り行く。

現代語訳

物を備えて体を養い、思いがけない事態に備えて心を生かし、内なるものを敬うことで外に通じる。そうしていてなお、あらゆる災いが訪れるなら、それはすべて天のしわざであって、人のしわざではない。それは完成を乱すには足りず、心の台座に入り込ませてはならない。心の台座には、支えているものがある。しかし何が支えているのかは分からず、掴むこともできないものだ。自分の誠を確かめないまま行動すれば、行動するたびに的を外す。一度入り込んだものを捨てられなければ、変えるたびに失敗する。明るいところで悪事をなす者は、人がこれを罰する。暗いところで悪事をなす者は、鬼神がこれを罰する。人に対しても、鬼神に対しても明らかである者。そういう者だけが、独りで歩んでいける。

解説

「明るいところで悪事をなせば人が罰し、暗いところで悪事をなせば鬼神が罰する」。この一句が印象的な一段です。人目のないところなら大丈夫、ということはない。どこにいても、逃れられません。そして「人に対しても鬼神に対しても明らかである者だけが、独りで歩める」。誰に見られても、誰に見られなくても、同じである人。そういう人だけが、他人の監視なしに歩けます。逆に言えば、見られていないと崩れる人は、独りでは歩けないのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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