荘子 / 知北遊
人生天地之間,若白駒之過郤,忽然而已。注然勃然,莫不出焉;油然漻然,莫不入焉。已化而生,又化而死,生物哀之,人類悲之。解其天弢,墮其天𧙍,紛乎宛乎,魂魄將往,乃身從之,乃大歸乎!
新字:人生天地之間,若白駒之過郤,忽然而已。注然勃然,莫不出焉;油然漻然,莫不入焉。已化而生,又化而死,生物哀之,人類悲之。解其天弢,堕其天𧙍,紛乎宛乎,魂魄将往,乃身従之,乃大帰乎!
書き下し
人の天地の間に生まるるは、白駒(はっく)の郤(げき)を過ぐるが若く、忽然たるのみ。注然(ちゅうぜん)勃然(ぼつぜん)として、出でざる莫し。油然(ゆうぜん)漻然(りょうぜん)として、入らざる莫し。已に化して生じ、又た化して死す。生物之を哀しみ、人類之を悲しむ。其の天弢(てんとう)を解き、其の天𧙍(てんちつ)を墮(お)とし、紛乎(ふんこ)宛乎(えんこ)として、魂魄将に往かんとす。乃ち身之に従う。乃ち大帰か。
現代語訳
人が天地の間に生まれるのは、白い馬が隙間の前を走り過ぎるように、ほんの一瞬のことにすぎない。勢いよく湧き出るように、生まれ出ないものはない。ゆったりと流れるように、帰り入らないものはない。すでに変化して生まれ、また変化して死ぬ。生き物はそれを哀しみ、人はそれを悲しむ。天から与えられた弓袋を解き、天から与えられた包みを落とし、乱れもつれながら、魂と魄が去っていく。そして体もそれに従う。これこそが、大いなる帰還ではないか。
解説
「白駒過郤」という有名な比喩を含む一段です。人生は、白い馬が壁の隙間を走り過ぎるのを見るような、一瞬の出来事だ。この短さの前では、多くの悩みが小さく見えます。そして死は「大いなる帰還」と呼ばれます。失うのではなく、帰るのです。天から預かった弓袋を解き、包みを落として、身軽になって帰っていく。ここには恐れがありません。もちろん、生き物はそれを哀しみ、人はそれを悲しむと、荘子も認めています。悲しみを否定はしない。ただ、別の見方も示すのです。
この章句が説くこと
白駒過郤人生は一瞬大帰失うのではなく帰る
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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