荘子 / 知北遊
果蓏有理,人倫雖難,所以相齒。聖人遭之而不違,過之而不守。調而應之,德也;偶而應之,道也。帝之所興,王之所起也。
新字:果蓏有理,人倫雖難,所以相齒。聖人遭之而不違,過之而不守。調而応之,徳也;偶而応之,道也。帝之所興,王之所起也。
書き下し
果蓏(から)に理有り。人倫は難しと雖も、相齒(あいよそお)う所以なり。聖人は之に遭いて違わず、之を過ぎて守らず。調いて之に応ずるは、徳なり。偶(ぐう)して之に応ずるは、道なり。帝の興る所、王の起こる所なり。
現代語訳
木の実や草の実にも、それぞれの筋道がある。人の世の秩序は難しいものだが、それでも互いに序列を整えるためのものだ。聖人はそれに出会っても逆らわず、通り過ぎてもしがみつかない。調和して応じるのが、徳である。たまたま出会って応じるのが、道である。これが帝が興り、王が立つもとになるものだ。
解説
「出会っても逆らわず、通り過ぎてもしがみつかない」。この一句が処世の要諦を示す一段です。目の前に来たものには、逆らわない。しかし過ぎ去ったものには、しがみつかない。この二つが揃って初めて、自在に動けます。私たちは逆をやりがちです。目の前のことには抵抗し、過ぎ去ったことには執着する。だから前にも進めず、後ろも引きずる。来たものを受け、去るものを放す。それだけで、驚くほど身軽になります。