荘子 / 知北遊
且夫博之不必知,辯之不必慧,聖人以斷之矣。若夫益之而不加益,損之而不加損者,聖人之所保也。淵淵乎其若海,魏魏乎其終則復始也,運量萬物而不匱,則君子之道,彼其外與!萬物皆往資焉而不匱,此其道與!
新字:且夫博之不必知,辯之不必慧,聖人以断之矣。若夫益之而不加益,損之而不加損者,聖人之所保也。淵淵乎其若海,魏魏乎其終則復始也,運量万物而不匱,則君子之道,彼其外与!万物皆往資焉而不匱,此其道与!
書き下し
且つ夫れ博(ひろ)きも之れ必ずしも知ならず、辯ずるも之れ必ずしも慧ならず。聖人は以て之を断てり。若し夫れ之を益すも益を加えず、之を損するも損を加えざる者は、聖人の保つ所なり。淵淵乎(えんえんこ)として其れ海の若く、魏魏乎(ぎぎこ)として其れ終われば則ち復た始まる。万物を運量して匱(とぼ)しからざれば、則ち君子の道は、其れ外か。万物皆な往きて焉(これ)に資(と)りて匱しからず。此れ其れ道か。
現代語訳
博識であっても、必ずしも知恵があるとは限らない。弁が立っても、必ずしも聡明とは限らない。聖人はそれを断ち切った。増やしても増えず、減らしても減らないもの。それこそが、聖人が守っているものだ。淵のように深く、海のようであり、そびえ立って、終わればまた始まる。万物を運び量りながら尽きることがない。それに比べれば、君子の道など、その外側にすぎないのではないか。万物はみな、そこから汲み取っても尽きることがない。これこそが道であろう。
解説
「博識であっても、必ずしも知恵があるとは限らない」。この一句が容赦ない一段です。知識の量と、知恵の深さは比例しません。弁が立つことと、聡明であることも別です。そして「増やしても増えず、減らしても減らないもの」。それこそが本物だと言います。増やせるもの、減らせるものは、どれも道具です。本当に大切なものは、増減しません。私たちは、増やせるものばかりを追いかけます。知識、資格、実績。しかし、増やしても増えないものを、いくつ持っているでしょうか。