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荘子 / 田子方

楚王與凡君坐,少焉,楚王左右曰「凡亡」者三。凡君曰:「凡之亡也,不足以喪吾存。夫『凡之亡也,不足以喪吾存』,則楚之存不足以存存。由是觀之,則凡未始亡而楚未始存也。」

新字:楚王与凡君坐,少焉,楚王左右曰「凡亡」者三。凡君曰:「凡之亡也,不足以喪吾存。夫『凡之亡也,不足以喪吾存』,則楚之存不足以存存。由是観之,則凡未始亡而楚未始存也。」

書き下し

楚王凡君(ぼんくん)と坐す。少(しばら)くして、楚王の左右「凡亡ぶ」と曰う者三たびなり。凡君曰く、「凡の亡ぶるや、以て吾が存を喪(うしな)うに足らず。夫れ『凡の亡ぶるや、以て吾が存を喪うに足らず』とせば、則ち楚の存するも以て存を存するに足らず。是に由りて之を観れば、則ち凡は未だ始めより亡びずして、楚は未だ始めより存せざるなり」と。

現代語訳

楚王が凡の国の君主と同席していた。しばらくすると、楚王の側近たちが「凡は滅びます」と、三度も言った。凡君は言った。「凡が滅びても、私の存在を失わせるには足りません。もし『凡が滅びても、私の存在を失わせるには足りない』のであれば、楚が存続していても、その存在を存続させるには足りないでしょう。こう見てくれば、凡はもともと滅びておらず、楚はもともと存続していないのです」と。

解説

田子方篇を締めくくる、鮮やかな一段です。「お前の国は滅びる」と三度も言われた君主が、静かに切り返します。国が滅びても、私という存在が失われるわけではない。だとすれば、あなたの国が続いていても、あなたという存在が続いていることにはならない。国の存亡と、自分の存在は別なのだ、と。ここには、所属と自分を切り離す強さがあります。私たちも、会社や組織と自分を一体化させがちです。それが揺らげば、自分も揺らぐ。しかし本来、別のものです。

この一句を、あなたの毎日に。

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