荘子 / 田子方
仲尼聞之曰:「古之真人,知者不得說,美人不得濫,盜人不得劫,伏戲、黃帝不得友。死生亦大矣,而無變乎己,況爵祿乎!若然者,其神經乎大山而無介,入乎淵泉而不濡,處卑細而不憊,充滿天地,既以與人,己愈有。」
新字:仲尼聞之曰:「古之真人,知者不得説,美人不得濫,盗人不得劫,伏戯、黄帝不得友。死生亦大矣,而無変乎己,況爵禄乎!若然者,其神経乎大山而無介,入乎淵泉而不濡,処卑細而不憊,充満天地,既以与人,己愈有。」
書き下し
仲尼之を聞きて曰く、「古の真人は、知者も説(と)くを得ず、美人も濫(みだ)すを得ず、盗人も劫(おびや)かすを得ず、伏戲(ふくぎ)・黄帝も友たるを得ず。死生も亦た大なり。而も己を変ずる無し。而るを況んや爵禄をや。若(かく)の若き者は、其の神は大山を経(へ)るも介(かい)する無く、淵泉に入るも濡(ぬ)れず、卑細に処るも憊(つか)れず、天地に充満す。既に以て人に与えて、己は愈(いよい)よ有り」と。
現代語訳
孔子はこれを聞いて言った。「昔の真人は、知恵者も説き伏せられず、美人も惑わせられず、盗人も脅せず、伏羲や黄帝でさえ友とはなれなかった。死ぬことも生きることも大事だが、それでも彼を変えることはできない。まして爵位や俸禄など、何であろうか。そういう人の精神は、大きな山を通り抜けても妨げられず、深い淵に入っても濡れず、低く小さな地位にあっても疲れない。天地に満ちあふれている。すべてを人に与えてしまって、それでいて自分はますます豊かになる」と。
解説
「既以与人、己愈有(すべてを人に与えてしまって、それでいて自分はますます豊かになる)」という一句が輝く一段です。与えれば減るのが物です。ところが与えるほど増えるものがある。それは物ではないからです。知識、経験、思いやり。与えても減らないどころか、与えることで深まっていきます。そして真人は、説き伏せられず、惑わされず、脅されない。何をしても動かないから、誰も彼を利用できません。低い地位にあっても疲れないのは、地位に自分を置いていないからです。
この章句が説くこと
既以与人己愈有与えるほど増える動かされない地位に置かない
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