荘子 / 田子方
顏淵問於仲尼曰:「文王其猶未邪?又何以夢為乎?」仲尼曰:「默!汝無言!夫文王盡之也,而又何論刺焉!彼直以循斯須也。」
新字:顔淵問於仲尼曰:「文王其猶未邪?又何以夢為乎?」仲尼曰:「黙!汝無言!夫文王尽之也,而又何論刺焉!彼直以循斯須也。」
書き下し
顔淵仲尼に問いて曰く、「文王は其れ猶お未だしか。又た何ぞ夢を以て為さんや」と。仲尼曰く、「黙(もだ)せよ。汝言うこと無かれ。夫れ文王は之を尽くせるなり。又た何ぞ論刺(ろんし)せんや。彼は直(た)だ以て斯須(ししゅ)に循(したが)えるのみ」と。
現代語訳
顔淵が孔子に尋ねた。「文王は、まだ十分ではなかったのでしょうか。どうして夢の話などを持ち出したのでしょう」。孔子は言った。「黙りなさい。お前は何も言うな。文王は、なすべきことを尽くしたのだ。どうして批判できようか。彼はただ、その場その時に従っただけなのだ」。
解説
文王が夢の話をでっち上げたことを、顔淵が批判する。それを孔子が制止する一段です。「彼はただ、その場その時に従っただけだ」。純粋なやり方ではないかもしれない。しかしその場で必要なことを、必要なだけやった。それを外から批判するのは簡単です。ここには、実際に事を動かす人への敬意があります。理想的な手続きを踏んでいたら、あの老人は宰相になれず、国は変わらなかった。純粋さを守って何も動かさないのと、少し濁ってでも動かすのと。どちらが正しいのか、簡単には決められません。
この章句が説くこと
循斯須その場に従う純粋さと実行批判の容易さ
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