荘子 / 田子方
百里奚爵祿不入於心,故飯牛而牛肥,使秦穆公忘其賤,與之政也。有虞氏死生不入於心,故足以動人。
新字:百里奚爵禄不入於心,故飯牛而牛肥,使秦穆公忘其賤,与之政也。有虞氏死生不入於心,故足以動人。
書き下し
百里奚(ひゃくりけい)は爵禄心に入らず。故に牛を飯(か)いて牛肥ゆ。秦の穆公をして其の賎しきを忘れしめ、之に政を与えしむ。有虞氏(ゆうぐし)は死生心に入らず。故に以て人を動かすに足れり。
現代語訳
百里奚は、爵位や俸禄のことを心に入れなかった。だから牛を飼えば、牛はよく肥えた。それで秦の穆公は、彼の身分の低さを忘れて、国政を任せた。舜は、死ぬことも生きることも心に入れなかった。だから人を動かすことができた。
解説
牛飼いだった百里奚が、なぜ宰相になれたのか。答えは「爵位や俸禄を心に入れなかったから」でした。出世を考えていないから、牛を飼うことに集中できた。だから牛がよく肥えた。そして、その仕事ぶりが人の目に留まったのです。皮肉なことに、出世を狙わなかったから出世しました。次のポストを見ながら仕事をしている人の牛は、肥えません。目の前の牛に集中している人の牛が、肥えるのです。何かを得ようとする気持ちが、その何かを遠ざけることがあります。
この章句が説くこと
百里奚爵禄不入於心狙わないから得られる目の前に集中
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説苑・臣術秦の穆公賈人をして塩を載せしめ、諸賈人に征す。賈人百里奚を五羖羊の皮を以て買い、車を将いて之を秦に之かしむ。秦の穆公塩を観て、百里奚の牛肥ゆるを見て曰く、「任重く道遠くして以て険しきに、牛何を以て肥ゆるや」と。対えて曰く、「臣飲食するに時を以てし、之を使うに暴を以てせず。険有れば、先後するに身を以てす、是を以て肥ゆるなり」と。穆公其の君子なるを知り、有司をして其れ沐浴せしめ衣冠して与に坐せしむ。公大いに悦ぶ。異日公孫支と政を論じ、公孫支大いに寧からずして曰く、「君耳目聡明にして、思慮審察す、君其れ聖人を得たるか」と。公曰く、「然り、吾夫の奚の言を悦ぶ、彼聖人に類す」と。公孫支遂に帰りて鴈を取りて以て賀して曰く、「君社稷の聖臣を得たり、敢えて社稷の福を賀す」と。公辞せず、再拝して之を受く。明日、公孫支乃ち上卿を致して以て百里奚に譲りて曰く、「秦国処僻にして、民陋にして愚、危亡の本なり。臣自ら其の上に処るに足らざるを知る、請う之を譲らん」と。公許さず。公孫支曰く、「君賓相を用いずして社稷の聖臣を得たるは、君の禄なり。臣賢を見て之を譲るは、臣の禄なり。今君既に其の禄を得たり、而して臣をして禄を失わしむべけんや。請う終に之を致さん」と。公許さず。公孫支曰く、「臣不肖にして上位に処るは是れ君の倫を失うなり。不肖にして倫を失うは、臣の過ちなり。賢を進めて不肖を退くるは、君の明なり。今臣位に処り、君の徳を廃し臣の行いに逆らうなり、臣将に逃げんとす」と。公乃ち之を受く。故に百里奚上卿と為りて以て之を制し、公孫支次卿と為りて以て之を佐くるなり。
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