荘子 / 田子方
孔子出,以告顏回曰:「丘之於道也,其猶醯雞與!微夫子之發吾覆也,吾不知天地之大全也。」
新字:孔子出,以告顔回曰:「丘之於道也,其猶醯鶏与!微夫子之発吾覆也,吾不知天地之大全也。」
書き下し
孔子出でて、以て顔回に告げて曰く、「丘の道に於けるや、其れ猶お醯鶏(けいけい)のごときか。夫子の吾が覆(おおい)を発(ひら)くこと微(な)かりせば、吾は天地の大全を知らざらん」と。
現代語訳
孔子は退出して、顔回に告げた。「道というものに対して、私はまるで酢甕の中の虫のようなものだ。もし先生が私の覆いを取り払ってくださらなかったら、私は天地の大いなる全体を知らないままだっただろう」と。
解説
孔子が自分を「酢甕の中の虫」にたとえる一段です。甕の中の虫は、その甕が世界のすべてだと思っています。蓋を開けられて初めて、外に空があると知る。井の中の蛙と同じ構図ですが、こちらは自ら認めているところに味わいがあります。誰かが覆いを取り払ってくれなければ、私たちは自分が覆われていることにさえ気づけません。だから、自分を打ちのめしてくれる人に出会うことは、幸運なのです。孔子はその幸運に、心から感謝しています。
この章句が説くこと
醯鶏覆いを取り払う自分の狭さに気づけない打ちのめされる幸運
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