荘子 / 田子方
子方出,文侯儻然終日不言,召前立臣,而語之曰:「遠矣全德之君子!始吾以聖知之言、仁義之行為至矣,吾聞子方之師,吾形解而不欲動,口鉗而不欲言。吾所學者直土梗耳,夫魏真為我累耳!」
新字:子方出,文侯儻然終日不言,召前立臣,而語之曰:「遠矣全徳之君子!始吾以聖知之言、仁義之行為至矣,吾聞子方之師,吾形解而不欲動,口鉗而不欲言。吾所学者直土梗耳,夫魏真為我累耳!」
書き下し
子方出づ。文侯儻然(とうぜん)として終日言わず。前に立てる臣を召して、之に語りて曰く、「遠きかな、全徳の君子よ。始め吾は聖知の言、仁義の行を以て至れりと為せり。吾子方の師を聞き、吾が形は解けて動くを欲せず、口は鉗(かん)せられて言うを欲せず。吾が学ぶ所の者は直(た)だ土梗(どこう)のみ。夫れ魏は真に我が累(わずら)いと為るのみ」と。
現代語訳
子方が退出した後、文侯はぼんやりとして、一日中口をきかなかった。そして前に立っていた臣下を呼んで言った。「遠く及ばないものだ、徳を全うした君子というものは。これまで私は、聖人の言葉や仁義の行いこそが最上だと思っていた。ところが子方の師の話を聞いてからは、体の力が抜けて動く気にもならず、口が塞がれたように言葉も出てこない。私が学んできたものなど、ただの土くれにすぎない。この魏の国こそが、私にとっての煩わしさなのだ」と。
解説
話を聞いただけで、君主が一日中口をきけなくなる。この一段は、本物に触れた時の衝撃を描いています。文侯は、それまで自分が学んできたものを「土くれ」だと言い切ります。そして「この魏の国こそが、私にとっての煩わしさだ」。一国の君主が、自分の国を煩わしいと言うのです。ここには、価値の大転換があります。しかも彼は、本人に会ってすらいません。話を聞いただけです。本当に大きなものは、伝聞だけでも人を打ちのめす。そういうものが、確かにあります。
この章句が説くこと
文侯の衝撃土梗価値の転換本物に触れる
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