荘子 / 山木
陽子之宋,宿於逆旅。逆旅有妾二人,其一人美,其一人惡,惡者貴而美者賤。陽子問其故,逆旅小子對曰:「其美者自美,吾不知其美也;其惡者自惡,吾不知其惡也。」陽子曰:「弟子記之!行賢而去自賢之行,安往而不愛哉?」
新字:陽子之宋,宿於逆旅。逆旅有妾二人,其一人美,其一人悪,悪者貴而美者賤。陽子問其故,逆旅小子対曰:「其美者自美,吾不知其美也;其悪者自悪,吾不知其悪也。」陽子曰:「弟子記之!行賢而去自賢之行,安往而不愛哉?」
書き下し
陽子宋に之き、逆旅(げきりょ)に宿る。逆旅に妾二人有り。其の一人は美、其の一人は悪。悪しき者は貴ばれて美しき者は賎しめらる。陽子其の故を問う。逆旅の小子対えて曰く、「其の美しき者は自ら美とす。吾は其の美なるを知らざるなり。其の悪しき者は自ら悪とす。吾は其の悪なるを知らざるなり」と。陽子曰く、「弟子之を記せ。賢を行いて自ら賢とするの行を去らば、安(いず)くに往くとして愛せられざらんや」と。
現代語訳
陽子が宋へ行き、宿屋に泊まった。その宿には二人の側女がいた。一人は美しく、一人は醜い。ところが、醜いほうが大事にされ、美しいほうは軽んじられていた。陽子が理由を尋ねると、宿の若者が答えた。「美しいほうは、自分で自分を美しいと思っています。だから私には、美しいとは思えません。醜いほうは、自分で自分を醜いと思っています。だから私には、醜いとは思えません」。陽子は言った。「弟子たちよ、覚えておけ。立派な行いをして、しかも自分を立派だと思う心を捨てられれば、どこへ行っても愛されないはずがない」。
解説
山木篇を締めくくる、鮮やかな一段です。美しい女が軽んじられ、醜い女が大事にされている。理由は「自分で自分を美しいと思っているから」でした。美しさが問題なのではありません。それを誇る心が、相手を遠ざけるのです。そして陽子の結論。「立派な行いをして、しかも自分を立派だと思う心を捨てられれば」。行いを捨てる必要はありません。ただ、自分は立派だという意識だけを捨てる。この一点で、人に好かれるかどうかが決まる。実に単純で、実に難しいことです。
この章句が説くこと
行賢而去自賢之行誇る心が人を遠ざける美と醜の逆転自賢を捨てる
関連する章句
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荘子・山木孔子曰く、「敬みて命を聞けり」と。徐行翔佯(しょうよう)して帰り、学を絶ち書を捐(す)つ。弟子は前に挹(ゆう)する無きも、其の愛は益ます加わり進む。
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