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荘子 / 山木

莊周反入,三月不庭。藺且從而問之:「夫子何為頃間甚不庭乎?」莊周曰:「吾守形而忘身,觀於濁水而迷於清淵。且吾聞諸夫子曰:『入其俗,從其俗。』今吾遊於雕陵而忘吾身,異鵲感吾顙,遊於栗林而忘真,栗林虞人以吾為戮,吾所以不庭也。」

新字:荘周反入,三月不庭。藺且従而問之:「夫子何為頃間甚不庭乎?」荘周曰:「吾守形而忘身,観於濁水而迷於清淵。且吾聞諸夫子曰:『入其俗,従其俗。』今吾遊於雕陵而忘吾身,異鵲感吾顙,遊於栗林而忘真,栗林虞人以吾為戮,吾所以不庭也。」

書き下し

荘周反り入りて、三月庭ならず。藺且(りんしょ)従いて之に問う、「夫子は何為(なんす)れぞ頃間(けいかん)甚だ庭ならざるか」と。荘周曰く、「吾は形を守りて身を忘る。濁水を観て清淵に迷えり。且つ吾諸を夫子に聞けり、曰く、『其の俗に入らば、其の俗に従え』と。今吾雕陵に遊びて吾が身を忘る。異鵲吾が顙に感れ、栗林に遊びて真を忘る。栗林の虞人は吾を以て戮(りく)と為す。吾の庭ならざる所以なり」と。

現代語訳

荘周は帰ってから、三か月ものあいだ、庭にも出なかった。弟子の藺且が尋ねた。「先生はこのところ、どうして庭にもお出になりませんか」。荘周は言った。「私は形あるものを見張っていて、自分自身を忘れていた。濁った水を眺めているうちに、澄んだ淵を見失っていたのだ。それに私は先生からこう聞いていた。『その土地に入ったら、その土地の習わしに従え』と。ところが私は雕陵で遊びながら、自分自身を忘れていた。奇妙なカササギが私の額をかすめ、栗林で遊びながら本来の姿を忘れた。だから栗林の番人に、罪人扱いされたのだ。それが、庭にも出ない理由だ」と。

解説

前段の続きで、荘周が三か月も引きこもるという一段です。彼が恥じているのは、番人に咎められたことではありません。「形あるものを見張っていて、自分自身を忘れていた」こと。目の前の獲物に集中するあまり、自分がどこにいるかを見失った。そして「濁った水を眺めているうちに、澄んだ淵を見失った」。目の前の濁りに気を取られて、本来見るべきものを忘れていたのです。三か月引きこもるほどの反省。この誠実さが、この一段を深くしています。

この一句を、あなたの毎日に。

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